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トップのこだわりと権限委譲——「売り場」の全責任を背負う経営者の覚悟
岩田 彰一郎 2026/10/15
アスクルの事業が軌道に乗り始め、売上高が1,000億円を超えていった時期、私が何よりも強い情熱とこだわりを注いでいた仕事の一つが「カタログの制作」でした。
年に2回発行する1冊のカタログが、1,000億円以上の売上を叩き出す。実店舗を持たないアスクルにとって、カタログこそがお客様とつながる唯一の「売り場」であり、最大の接点でした。だからこそ、私は経営者として全ページの細部に至るまで、自分の目でお客様目線でチェックし続けていたのです。
周りからは「社長が1ページずつカタログの細部まで確認するなんて細かすぎるのではないか」「もっと現場に権限委譲すべきだ」という声が上がったこともありました。しかし、実店舗を持つ小売業の社長がお店の売り場の仕上がりに心を配るのと同様に、私たちにとっての売り場であるカタログのクオリティにトップが全責任を持つのは、当然の責務だと考えていました。
かつてセブン-イレブンの鈴木敏文さんが、膨大な商品数を誇るコンビニの店頭に並ぶお弁当や惣菜を毎日自ら試食し、妥協のないクオリティ管理を行っていた話は有名です。「経営者が自ら試食して決めるなんて権限委譲になっていない」といった批判もありましたが、売れていても自分が「美味しくない」と感じたものは容赦なく店頭から排除する。あの徹底したお客様視点へのコミットメントがあったからこそ、巨大なコンビニチェーンとしての圧倒的な信頼が築かれたのです。
トヨタ自動車の豊田章男さんが、自らハンドルを握りテストドライバーとして車の乗り味を確かめているのも同じでしょう。自社が提供する製品やサービス、すなわち「商売の原点」に対してトップが無関心でいることなど、私には到底考えられませんでした。
当時、コカ・コーラで指揮を執っていた元・資生堂社長の魚谷雅彦さんや、ハウス食品の浦上博史さんと経営について熱く議論を交わした際にも、このテーマは常に話題に上りました。魚谷さんもまた、コカ・コーラ社の飲料すべての広告表現を自らの目でチェックし、決断を下していました。
「経営者としてどこまで現場にコミットすべきか。どこからを権限委譲と呼ぶべきなのか」
これは時代を問わず、あらゆるトップが直面する永遠のジレンマです。権限委譲を進めて次のリーダーを育てることの重要性は十分に理解しています。しかし、だからといって「権限委譲」という言葉を都合よく使い、数字の報告だけを眺めて広い社長室でゴルフのパット練習をしているような昔ながらの経営スタイルが、変化の激しい現代において通用するはずもありません。
トップ自ら現場(ハンズオン)に立ち、誰よりも深く事業にコミットし、お客様に対する最終責任を全うする。その真剣勝負の姿勢を背中で見せることこそが、結果として次世代の社員たちを鼓舞し、本物のプロフェッショナルへと育てていくのではないでしょうか。
権限委譲と、お客様に対する無制限のこだわり・責任。そのバランスに悩み抜きながらも、売り場のすべてに全責任を負う覚悟を持つことこそが、経営者として絶対に手放してはならない信念なのです。


