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10/23(金)

2026年

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    10代の決断と「コンシューマー・イズ・キング」——マーケティングの原点との出会い

    10代の決断と「コンシューマー・イズ・キング」——マーケティングの原点との出会い

     上京して慶應義塾大学へと進学したものの、当時は大学も学園封鎖の最中にあり、正常な授業が行われない混迷した時代でした。18歳から20歳にかけてのこの時期、私は人生において極めて大きな精神的葛藤を経験することになります。

     社会の不条理に対する怒りや純粋な正義感から、自らの思想を過激に突き詰めていく道もある。活動家の視点から見れば、その波から身を引くことは「日和り(ひより)」であり、挫折や堕落と映るのかもしれません。当時はそうした過激な方向へと突き進むプレッシャーも確かに存在し、若き日の自分にとって「何が人間として本当に正しい道なのか」を自問自答する日々は、大きな葛藤を伴うものでした。

     その渦中で、私は自らの深層心理——私が「内なる自分」と呼ぶ心の底の声に耳を澄ませました。父の教えもあり、暴力や過激な手段によって社会を変えることを私の本心は望んでいませんでした。過激な正義を振りかざすのではなく、もっと「優しい力」で人を幸せにし、社会を良くしていく道があるのではないか。そう考え至った私は、自らの意思で歩むべき道を選択しました。10代の終わりという多感な時期に、自分の足で立ち、心の声に従って下したこの決断こそが、私の「自律」の第一歩となったのです。

     やがて大学の混乱も収まり、授業が再開されると、キャンパスの空気は一変しました。内部進学で上がってきた華やかで洗練された同級生たちに囲まれ、関西から出てきた私は「彼らに負けたくない」という対抗心を抱きながらも、共に青春を謳歌するようになっていきました。高校時代にドラマ『青春ダッシュ!』に憧れ、泥まみれになりながらボールを追いかけたラグビー(試合では大敗ばかりでしたが)のように、東京での新たな友人たちとの交流もまた、私の視野を大きく広げてくれました。

     そして20歳を迎えた3年生の時、私の人生における決定的な転換点が訪れます。村田昭治先生のマーケティングゼミ(村田ゼミ)への加入です。

     ゼミの指導は極めて厳格で、ゼミ生はスーツか学生服での出席が義務付けられていました。遊びに興じていた日々から一転、私はモーレツに勉強へと打ち込むようになります。そのゼミで開いた教科書の1ページ目に書かれていた言葉が、私のその後のビジネス人生を根底から決定づけることになりました。

     「コンシューマー・イズ・キング(消費者は王様である)」

     アメリカの開拓時代が終わり、無限の物理的成長が止まった時に誕生したマーケティングという学問は、消費者の内面や真のニーズにどこまで深く迫れるかを追求する学問でした。暴力や対立ではなく、お客様を深い意味で満足させ、幸せにすることによって社会に貢献する。この「コンシューマー・イズ・キング」の思想に接した瞬間、私の中で10代の頃からの葛藤が見事に昇華されました。

     ゼミの教室では、最前線で熱心に学ぶ優等生ばかりではなく、私のように教室の後ろの方に座っていた仲間もいました。のちに慶應のビジネススクール校長となる池尾恭一さんや、青山学院大学で教授を務めた三村優美子さん。三村さんはずっと優等生でした。彼らのように、当時のゼミ仲間たちとは今なお深い交流が続いています。

     多感な青春時代に直面した「正義とは何か」という問い。それに対する私なりの答えが、お客様を第一に考える「優しい力」としてのマーケティングでした。20歳の時に心に刻んだ「コンシューマー・イズ・キング」の教えは、のちにアスクルを創業し、お客様の利便性を徹底的に追求していく上での揺るぎない原点となったのです。

    #岩田彰一郎#アスクル創業者#アスクル#ふんわり頑固#コンシューマー・イズ・キング#はじめに意志ありき#三面鏡経営#岩田ワクチン会

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