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「自然再興」の新潮流――ネイチャーポジティブが切り拓く未来と企業の役割
ビジョナリー編集部 2026/07/15
現在、自然との共生において新たに注目されているのが「ネイチャーポジティブ(自然再興)」です。これまでの「壊さない・守る」というアプローチから、「減った自然を取り戻す」「生物多様性を増やす」という発想へと舵を切り始めています。
ネイチャーポジティブとは?その本質と全体像
「自然にとってプラスになる」という意味のネイチャーポジティブ。最近では「自然再興」や「生態系の回復」とも表現されます。
この考え方の根底には、これまでの「現状維持」だけでは事態の悪化に追いつかないという強い危機感があります。実際、近年の科学調査では、現在の生物種の絶滅スピードが過去1000万年の平均と比べて数百倍に達しているとされています。
この概念が強調するのは、単に自然を守るだけでなく、森林の再生や湿地の復元、海洋保護区の設定といった活動を通じて、失われた環境を積極的に「回復」させること。経済や社会活動と自然環境との間に、新たな調和をもたらすことがその本質です。
カーボンニュートラルとの違い・つながり
カーボンニュートラルは温室効果ガスの排出と吸収を差し引きゼロにすることを意味し、ネイチャーポジティブは生物多様性や生態系そのものの回復を目指します。両者は独立した目標ではなく、まさに「車の両輪」のように、地球の持続可能性のために不可欠な考え方です。
森林や湿地は、炭素を吸収する役割を担っています。つまり、自然を回復させれば、カーボンニュートラルの達成にも大きく貢献できる仕組みです。
なぜ今、これほど注目されるのか?
国際的な目標
2022年のCOP15(生物多様性条約第15回締約国会議)で、「2030年までに生物多様性の損失を反転させる」という世界目標が採択されました(通称:30by30)。これは、陸と海の少なくとも30%を健全な生態系として守るという内容です。各国政府だけでなく、企業や自治体、市民団体も巻き込んだ大きなムーブメントになっています。
経済への影響
世界経済フォーラム(WEF)は、世界のGDPの半分以上、約44兆ドルが自然に依存しているという試算を発表しました。森や海、土壌や水など、私たちの経済活動は思った以上に自然資本に頼っています。
自然が失われ続ければ、農業、漁業、観光業をはじめ、食品、製薬、建設など多くの産業でサプライチェーンが崩壊しかねません。近年では異常気象による原材料の高騰や供給不安が身近なリスクとなっています。生物多様性の喪失はビジネスの根幹を揺るがす問題なのです。
企業に求められる「情報開示」
この流れを受けて、企業に対しても「自然への依存と影響、リスク」を開示する国際的な枠組みが整備されています。それが「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」です。
従来の「TCFD(気候関連財務情報開示)」が温暖化対策の情報開示を求めたのに対し、TNFDは「自然資本」にまで範囲を広げています。今後は、企業が自社の事業活動やサプライチェーンを通じて、どの程度自然に依存し、どんな影響を与えているかを定量的に説明する時代が到来します。
ネイチャーポジティブの事例――企業や都市の挑戦
事例1:サプライチェーン改革――「森林破壊ゼロ」の原材料調達へ
グローバル食品メーカーでは、チョコレートやコーヒーの原材料であるカカオやコーヒー豆を、森林破壊を伴わない農場から調達する方針に切り替えました。従来は安さや効率が優先されてきましたが、今は「土壌や水、生態系への影響」を重視したサプライチェーンへと進化しています。
また、日本企業でも、森林再生プロジェクトへの投資や、調達先農家への技術支援を通じて、地域全体の生態系回復を目指す動きが加速しています。単なるコスト増加ではなく、長期的な安定供給やブランド価値向上というメリットも得られています。
事例2:都市開発の「グリーンインフラ」――生き物と共生する街づくり
都市開発の分野でも、「グリーンインフラ」という新しい発想が広がっています。たとえば、ビルやマンションの屋上や壁面を緑化し、鳥や昆虫が行き来できるような「エコロジカル・ネットワーク」を構築する事例が増えています。
商業施設や公園、道路の緑地を連結し、希少な動植物の生息地を守りつつ、市民にも憩いの場を提供する街づくりを展開しています。こうした取り組みは、都市のヒートアイランド対策や住民の健康促進にもつながっています。
事例3:「認証」と「寄付」の仕組みで消費者を巻き込む
消費者参加型の事例も注目されています。アパレル大手・青山商事が高知県梼原町で推進する「AOYAMAの森」プロジェクトは、3,000本以上の苗木を植樹し、生態系の回復に貢献しています。この活動は、国の「自然共生サイト」にも認定され、売上の一部が森林保全団体への寄付に回されています。
同社は不要になった衣類の回収・リサイクルにも力を入れており、再生品の売上を通じて自然再興への資金循環を実現しています。消費者が商品購入を通じて生物多様性の保全に参加できる仕組みは、今後ますます広がっていくでしょう。
未来を見据えて――これからのビジネスと個人に求められるアクション
「自然にとってプラスになる」というこの考え方は、単なる環境保護に留まりません。むしろ、生態系の回復が新たな成長やイノベーションを促す「攻め」の戦略として、世界中で注目されています。
実際、世界経済フォーラムの報告によれば、2030年までに年間10兆ドル規模のビジネスチャンスが生まれ、約4億人の雇用が創出されると予測されています。つまり、自然を再び豊かにすることは「守るためのコスト」ではなく、将来の経済を支えるための「前向きな投資」なのです。
今、企業や個人に求められているのは、自然との調和を前提とした新しい価値観をビジネスや暮らしの根底に据えること。この挑戦こそが、持続可能な未来を築くための鍵となるはずです。
日本の2030年ロードマップ――「生物多様性国家戦略」とは
日本政府も、2030年に向けて「生物多様性国家戦略」を打ち出しており、経済活動と自然資本の両立を図るための移行戦略が具体化されています。この戦略では、企業や金融機関、消費者が一体となって「自然を守る経済」への転換を目指すと明記されています。特に企業には、TNFDなどのガイドラインに基づき、自社の影響評価や開示、サプライチェーン改革が強く求められるようになります。
今日から始められる実践例
企業担当者なら、まず自社の拠点や事業活動がどの程度自然に依存しているかを把握することが大切です。TNFDのフレームワークを活用し、調達先や生産拠点ごとにリスク・機会を洗い出し、KPI(重要業績評価指標)として管理しましょう。
個人レベルでも、身近な消費行動を見直すことができます。例えば、認証マーク付きの食品や日用品を選ぶ、売上の一部が自然保護に回る商品を購入する。こうした積み重ねが社会全体の変化につながります。
まとめ
生物多様性の危機は、ビジネスの存続、地域社会の持続、私たち一人ひとりの暮らしに直結する問題です。だからこそ、「自然を増やす」発想の転換が求められています。
ネイチャーポジティブは一過性のトレンドではなく、これからの時代の“新基準”です。企業も個人も、自分にできるアクションから始めてみてはいかがでしょうか。持続可能な未来は、今日の一歩から始まります。


