Diamond Visionary logo

9/19()

2026

SHARE

    コロナ禍の挑戦——試練の中で貫いた従業員を守る覚悟と母の教え

    コロナ禍の挑戦——試練の中で貫いた従業員を守る覚悟と母の教え

     2020年初頭から世界中を襲った未曾有のコロナ禍は、飲食・外食産業に対して過去に例を見ないほどの壊滅的な打撃を与えました。それまで国内外から大勢のお客様で賑わっていた「すしざんまい」の各店舗からも、海外からの渡航制限や緊急事態宣言、国や自治体からの営業時間短縮・休業要請によって、一瞬にして人影が消え去ってしまったのです。

     1月中旬から徐々に広がっていった感染の脅威は、3月には決定的なものとなり、当社も全店舗の臨時休業や営業短縮という苦渋の決断を余儀なくされました。売上が平時の2割から3割、時には1割台にまで激減するという悪夢のような状態が、実に2年半以上にもわたって続くことになったのです。かつてバブル崩壊などの数々の修羅場を乗り越えてきた私にとっても、これほど先行きが見えず、個人の力ではどうにも抗えない危機はありませんでした。

     しかし、この暗闇のような試練の中で、私が経営者として何よりも優先したのは、会社の利益や資金の保全ではありませんでした。これまでともに汗を流し、お客様に美味しいお寿司を届けてきてくれた職人や従業員、パート・アルバイトスタッフ全員の「生活」と「心身の健康」を守り抜くこと——。ただこれ一点に全力を注ぎ尽くすことを心に誓ったのです。

     そこで私は、感染対策を徹底した上で、たとえ1日30分や1時間であっても、交代で店舗や会社に出社してもらう仕組みを作りました。店長や仲間と顔を合わせて言葉を交わし、店内を少し清掃したり、営業再開に向けた準備をしたりする。たとえ現場にいる時間がわずかであっても、出社して顔を合わせるだけで人々の心には安らぎと元気がよみがえります。そうして短時間出てきてくれたスタッフに対して、私は1日分の給与と手当を支払い続けました。

     さらに、私が給与支給以上に重視したのが、従業員たちの精神的なケアです。人間というのは、働く場所やコミュニケーションを奪われ、ただ自宅に閉じ込められ続けると、将来への不安と孤独感から精神的に追い詰められ、身体も心も不調をきたしてしまうものです。実際、外食業界の他社では、休業補償を出して長期間自宅待機をさせた結果、職人がやる気を失って離職したり、いざ営業再開となった時に心身がついていかなくなったりするケースが相次いで起きていました。

     「人は働く場所と他人との会話を失ったら、おかしくなってしまう」

     国からの休業手当や要請に伴う支援金の仕組みは、一律的で限定的なものに過ぎず、現場で働くスタッフやその家族の暮らしを到底カバーできるものではありませんでした。そこで私は、たとえ店舗がクローズしていて営業できない期間であっても、全従業員およびパート・アルバイトスタッフに対して、コロナ禍以前の平均給与と同額の給与を、残業手当分も含めて全額支給し続けるという決断を下しました。それは、「急に収入が絶たれて困るのはスタッフたちだ。会社が責任を持たなくてどうする」という強い想いからでした。

     しかし後日、これが予期せぬ事態へつながります。行政から、助成金に関する事後調査が入り、「従業員の健康を守る」という本質を無視した形式的な調査の結果、1時間出勤したことで国からの休業手当や要請に伴う支援金はいっさい支給されませんでした。行政の形式的な判断と、あまりにも現場感覚のない対応に、悔しさと怒りを禁じ得ませんでしたが、それでも私自身、後悔は一切ありませんでした。会社が長年にわたって蓄えてきた内部留保や予備資金を充当し、100億を超える莫大な資金を投じることになりましたが、一番大切な「仲間たちの雇用と笑顔」を守り抜くことができたからです。その結果、外食業界全体で大量の職人離れや人材流出が起きる中、当社のスタッフは8割以上が会社にとどまり、強い絆でこの未曾有の危機を乗り越えてくれました。

     やがてコロナ禍が明け、社会が再び動き出した時、他店が深刻な人手不足で営業再開に苦しむ中で、当社はいち早く以前と変わらぬ活気と品質でお客様を迎えることができました。長年培ってきた人材という宝を失わなかったからこそ、急速に回復する需要に即座に対応することができたのです。

     貧しかった幼少期、母は、事故で父を亡くしてから、文字どおり朝から晩まで働きづめでした。後年、一度は仕事を引退したものの、逆に体調を崩してしまった母を見て、私は「人間は人に必要とされ、喜ばれる場所があるからこそ元気になれるのだ」という真理を学びました。亡くなる直前まで入院先でマグロを周囲の人に配り、「喜びはみんなと分かち合う」ことを貫いた母の教えは、現在も私の血肉となっています。

     ビジネスにおいても、国家間の関係においても、一番大切なのは「相手を尊重し、信頼して歩み寄ること」です。不必要な疑心暗鬼や対立をあおるのではなく、お互いに笑顔で向き合い、共存共栄の道を模索していく。試練の時には、人間としての本質が問われるからこそ、この原理原則を忘れないことが大切なのです。

    #木村清#すしざんまい#喜代村#創業者#マグロ大王#フロンティアスピリッツ

    あわせて読みたい

    記事サムネイル

    「ご飯がススムキムチ」はどのようにして生まれた?...

    記事サムネイル

    医学と密教から導き出した「大欲得清浄」の経営哲学...

    記事サムネイル

    「現状維持は後退である」——渡辺パイプ渡辺圭祐社...

    記事サムネイル

    「日本経済の中核を担うのは我々だ」——りそな新社...

    記事サムネイル

    「色彩と思い出で、人々の心を豊かに」サクラクレパ...

    Diamond AI trial

    ピックアップ

    Diamond AI
    Diamond AI