仕事における「鳥の目」の実践――東急不動産への出...
SHARE
#14「立派なものも三年で飽きる」――ライバルに学んだ空間演出の妙
野本弘文 2026/05/14
親の言葉や教えというものは、得てして、言われたその場ですぐに役立つわけではありません。しかし不思議なもので、仕事を続けていると、ある瞬間に「あ、親父が言っていたのはこういうことだったのか」と、まさに、暗黙知であった幼いころからの経験が、ある日突然、形式知としてフラッシュバックのように蘇ってくるのです。
第10回でお話しした「酒と金と女性には気をつけろ」という戒めもそうですが、もう一つ、心に残っている言葉があります。それは「どんなに良いものを作っても、人は三年もすれば飽きる」という父の口癖です。
この言葉の真意を実感したのは、東急不動産に出向し、会員制リゾートホテル「東急ハーヴェストクラブ」のプロジェクトに携わり、日本各地のリゾートホテルを見て回っていた頃でした。
そこで気がついたのは、私たち東急グループと、西武グループさんのリゾートホテルとの違いです。
当時、東京急行電鉄(現:東急株式会社)系列のリゾートホテルでは、豪華な設えで本物の石を使い、無垢の木材を組む等、「ガチッとした」立派なものを作ることを是としていました。作る側からすれば「いいものを作った」という達成感もあったことでしょう。
しかしそうすると、当然のことながら建設費が過大となり、運営する側からすれば、維持管理や減価償却などのコストがかさみ、事業としても継続が難しくなる一面がありました。また、重厚であるが故に、部屋の模様替えや、施設の変更などのハードルも高いものとなっていました。
一方で、西武さんの施設は違いました。建築単価を抑えながら、雰囲気は素晴らしく、洗練された「空間」を作り出す演出によりお客様を魅了する世界観を作り出すことが、抜群に優れているのです。これには「なるほど、空間を作るとはこういうことか」と唸らされました。
その時、父の「人はどんなによいものを作っても三年もすれば飽きる」という言葉が、蘇りました。
“立派であること”が価値なのではなく、“変えられる余白”を残しておくことが大事なのだ、と。
どんなに良い建物でも、人は三年もすれば見慣れてしまう。ならば、豪華さを追い求めることも大事であるが、常に新鮮さを提供できる工夫こそ必要だ——父はそれを日常の商売の中で見抜いていたのでしょう。
私が現在、当社の開発現場で、「ただ立派な箱を作るだけではダメだ。変えられる余白を作り、空間をしっかり演出することが大事だ。」と口を酸っぱくして言うのは、西武さんから学んだことと、父の言葉が結びついたからです。
人は、完成されたものそのもの以上に、そこに訪れるたびに得られる体験に心を惹かれます。「以前と同じ場所」でありながら、「前回とは違う発見がある」「何か新しい空気を感じられる」——その小さな違いが、興味を呼び起こし、再訪の動機になるのです。
人は本質的に「慣れ」に支配される存在であり、同時に「驚き」を求め続ける存在でもあります。だからこそ、空間には完成度と同時に、変化を可能とする余白が不可欠なのです。ハードとソフトは対立概念ではありません。変えられるハードがあるからこそ、ソフトは生き、ソフトの思想があるからこそ、ハードは長く価値を保つ。この二つが噛み合ったとき、初めて魅力ある空間が生まれるのだと考えています。
渋谷ヒカリエや二子玉川ライズ、南町田グランベリーパークの開発においても、そうした考えのもと、多くの方に何度も訪れていただけるしかけができたのではないかと考えております。
これからのまちづくりにおいても、人とともに変わり続け、何度訪れても「また来たい」と思っていただける場所をつくる。その積み重ねこそが、結果としてまちの価値を持続させ、次の時代へとつないでいくと信じています。
父の言葉と、現場での学びを胸に、私はこれからも「変えられる余白」を大切にしたまちづくりに取り組んでいきます。
写真提供:東急不動産株式会社


