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    震災の日の決断――「お客様の喜びを第一に考える」社長としての覚悟

    #20震災の日の決断――「お客様の喜びを第一に考える」社長としての覚悟

    原石からダイヤへ

     2007年から取締役 開発事業本部長を務めていた私は、2011年4月に社長に就任することになりました。

     ところが、就任を目前に控えた3月11日、未曾有の大震災が日本を襲いました。「東日本大震災」です。

     大きな揺れが収まった後、私の心にあったのは「現場を自分の目で見なければ、正しい判断はできない」という強い確信でした。社内には、安全確保のために本社の社屋での待機をするべきという意見もありましたが、私は社員2名のみを連れ、渋谷の街へと向かいました。

     そこで目にした光景は、一生忘れられません。現在の「渋谷フクラス」付近の歩道橋から大通りを見下ろすと、車と人であふれかえっていました。ただ、大勢の人々が国道246号方向に進むなか、彼らは見事に「1列だけ」通路を空けて、整然と歩いていたのです。反対方向に向かう人のためです。このような緊急時においても、自分のことだけを考えてパニックになることなく、他者を思いやる心を忘れない日本人の姿に、私は深く感銘を受けました。

     地下の田園都市線のホームへ降りると、冷え込む寒さの中で大勢のお客様が座り込み、じっと運転再開を待っていました。「これはなんとしてでも、一刻も早く電車を動かさなければならない」。私は強く思いました。

     当時、社内には「早く電車を動かして、万が一何か起きたらどうするのか。鉄道の運転再開はしばらく様子を見るべきだ。」等といった慎重論がありました。しかし私は、一刻も早くこの冷たい地下からお客様を解放し、家族の待つ場所へお帰りいただきたいと考えました。その想いのもと、安全を最優先に確保したうえで、早期に運行を再開することを決断しました。

     電車が動いたと知れば駅に人が殺到する恐れがあります。私は直ちに社員へ、警察や区役所へ掛け合うことを指示しました。その結果、機動隊が即出動し、駅周辺の人員整理にあたっていただくことになりました。運転に先立っては、空の電車での試運転や、入念な設備点検など、現場の鉄道スタッフが一丸となって臨みました。

     このように各所で多くの皆さんが迅速に対応したことにより、事故や混乱を招くことなく、早期に鉄道の運行を再開することができたのです。

     同時に、渋谷駅周辺にあるホテルや百貨店といった当社グループの施設に対しても「施設を開放し、トイレなどを皆さまに使ってもらおう」と即座に指示を出し、各現場のスタッフは、夜を徹して帰宅困難となった方々の対応にあたりました。

     そして社長就任後、初めて迎えた株主総会でのことです。質疑応答で女性の株主様が「震災の時、東急さんがホテルのトイレを貸してくださり、本当に助かりました。お礼が言いたかったのです」と涙ながらに語ってくださいました。会場は温かい拍手に包まれ、壇上にいた私自身の目も、涙がにじみました。

     私が社長に就任し、何より大切にしたのは、「お客様の喜びを第一に考え、果たすべき責任を確実に実行する会社」であることでした。

     震災という極限状態の中で、周囲の慎重論もありましたが、すぐさまお客様のために行動することができたのは、こうした想いからです。

     そして、その想いを共有し、社員や現場スタッフ一人ひとりが、それぞれの部署や持ち場で「今、自分に何ができるか」を考え、懸命に対応してくれました。その姿勢と行動に、心から感謝しています。

     このような波乱づくしのなかで、私は「社長」としてのスタートを切ったのです。

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