事業を生み出し、育む思考力
SHARE
#25渋谷再開発――「あきらめない気持ち」「挑戦する気概」「感謝の心」
野本弘文 2026/05/25
2007年、私が東京急行電鉄(現・東急)の取締役 都市開発本部長として渋谷を担当した当時、渋谷は必ずしも多くの人にとって訪れやすい街ではありませんでした。とりわけ大人達の心が離れており、とある調査においても銀座や新宿、丸の内などと比較して「街の魅力度」は低下傾向にありました。
調査をもとに他の街を研究すると、魅力度が堅調に推移している都市には、「街全体が同じ方向へ進化している」という共通点があることに気が付き、これからの渋谷の街づくりにおいても、街の将来像を束ねるテーマが必要であると判断しました。
渋谷が持つ魅力とは何でしょうか。
いつもカッコ良く、楽しく新しいことがあってワクワクする街――。
NHKの本拠地である他、ライブハウスや映画館も多く、文化性が高い街――。
このような特徴を軸に据え、開発のテーマを「エンタテイメントシティSHIBUYA」と定めました。
「エンタテイメント」という言葉の語源は、古フランス語の「entre(間)」と「tenir(保つ)」に遡るとされています。すなわち、人と人、人と場との「関係性を保ち続ける」転じて「人を引きつけて楽しませる」「おもてなしをする」という意味です。この本質に立ち返れば、目指すべきは単なる娯楽の集積ではなく、人々の関係性を継続的に生み出し、育む都市であると言えます。
「いつ訪れても新たな発見があり、人々を惹きつけ続ける街」、「日本を訪れたなら、渋谷を見ずに帰ることはできない」そのような都市の実現を目指しました。
このコンセプトのもと、2012年開業の渋谷ヒカリエを皮切りに、再開発は段階的に進展し、商業施設、ホテル、イベントホール、オフィスなどの都市機能は大きく拡充しました。
さらに、渋谷には谷地形であることから、そもそもの回遊性が低いという課題があります。開発工事と軌を一にして、駅と建物を結ぶ歩行者デッキや、地下と地上をつなぐエレベーター、エスカレーターを整備し、駅を中心に東西南北に人の流れがスムーズになる「ウォーカブルな街」を目指しました。
そして第22回で述べた通り、社長就任時のビジョンとして掲げたのが「日本一訪れたい街 渋谷」の実現です。
人が、ある場所に「訪れたい」と思うとき、その動機はどのようなものでしょうか。
「その場所に行けば、会える人がいる」、「その場所であれば、感じられるものがある」、「その場所でこそ、できることがある」…等々、様々な動機があると思いますが、それが一つの理由だと行くかどうかを悩みます。二つ理由が重なると行こうかなと思います。三つあると、ぜひ行ってみたいと思うようになります。
かねてより渋谷には、「スクランブル交差点」と「ハチ公像」という名所が2つあります。しかし残りの1つに関しては、109であったり、センター街であったりなどと、意見はさまざまでした。誰もが思い浮かべる、3つ目の新たな名所をつくることが必要だと考えました。
そのとき着目したのが、渋谷駅直上に建設していた高層ビル「渋谷スクランブルスクエア」東棟の屋上でした。屋上には緊急用のヘリポートがあり、その周囲には空調設備などがならぶ計画でした。
このビルの高さは地上229メートルと、この地域では群を抜くものです。完成予想図を見たとき、私の脳裏には、屋上ヘリポートから、東京湾から富士山まで360度のパノラマを見渡せる景色が浮かびました。ニューヨークのエンパイアステートビルをはじめ、多くの世界的ランドマークには展望施設がある。この屋上を展望施設にしよう――。
私はすぐにビルの設計変更を指示しました。
しかしこの決断に対しては、社内および共同事業者から強い懸念が示されました。 展望台を屋上につくると、設置予定であった空調設備等をビルの最上階に収めることになります。「最上階という、最も高い賃料で貸し出せるフロアを設備室にするなどもったいない。」そのような声が上がったのです。
しかし、私はあきらめませんでした。
「年間120万人以上が必ず訪れるようになります。そして、展望台に来たお客様は、ビル内の商業施設も利用するでしょう。シャワー効果が見込めるはずです」
「渋谷が魅力的になれば東京も魅力的になり、東京が活性化すれば全国にも波及し、日本全体が良くなります。世界に誇れる新たな名所を、ぜひ作りましょう」と――。社内や、共同事業者にも根気よく説明し、なんとか理解を得ることができました。
いざ計画を進める中でも、お客様に心躍る体験価値を提供するための挑戦は続きます。
例えば、屋上を囲むガラスフェンスの高さ。当初は安全性を理由に3.5メートル以上とする案でしたが、開放感と体験価値の観点から再検討を重ね、可能な限り高さを抑えました。
せっかくの素晴らしい景色です。ガラスに遮られることなく、頬をなでる空気を感じながら、それぞれの肉眼で眺めていただきたいと願ったからです。
さらには、ヘリポートの床です。当初の計画はコンクリートへのペイント仕上げだったのですが、それではお客様に楽しんでいただく仕掛けに欠けます。人工芝で覆うことに思い至りました。ところが、担当者によると消防署の指導で人工芝では前例がなく、許可されないというのです。難燃素材の人工芝を尋ね当て、1年以上にわたり消防署と粘り強く折衝をした結果、人工芝のヘリポート床が実現し、「渋谷の天空で寝転んで空を見上げる」という体験を提供することができるようになりました。
当然のことながら、こうしたプロジェクトは私一人では実現できません。当初は慎重であった関係者も、ビジョンへの理解が進むにつれて応援者となってくれました。社員からは「ヘリポートまでの階段部分の一部はハンモックにしましょう。」等、当事者意識に基づく新たな提案が次々と生まれました。
そして2019年11月、展望施設「SHIBUYA SKY」は開業しました。圧倒的な眺望と体験価値は国内外で高い評価を受け、現在では年間200万人が訪れる、渋谷を象徴する存在へと成長しています。
これまでの渋谷開発を振り返ると、その根底にあったのは、困難な状況においても「あきらめない気持ち」、前例にとらわれず価値創造に挑み続ける「挑戦する気概」、そして支えてくれたすべての関係者への「感謝の心」でした。
完成した「SHIBUYA SKY」から、社員の皆ととも素晴らしい景色を眺めたとき、私の脳裏には、第3回で触れた「秘密基地」からの景色が重なりました。
幼いころ隣近所の友達と小高い山に登り、皆で工夫をしながら何日もかけて作った「秘密基地」から我が町を見下ろし、達成感と喜びを友と分かち合ったあの瞬間が、このように「楽しい場所をつくる」ことの喜びの原風景なのではないかと、今になると思います。
渋谷の再開発は“100年に一度”とも言われ、いまも大工事の只中にあります。その歩みは、空間の整備にとどまらず、人の想いを束ねながら未来の価値を創り続ける営みです。
これからの渋谷が、さらに多くの人々を惹きつけ、新たな価値を生み出し続けていくでしょう。
写真:渋谷スクランブルスクエア


