「君は何をやりたいんだ?」——上意下達を打ち破っ...
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#12厚木事務所で学んだ現場力と、お客様を「主語」に考える商売の原点
野本弘文 2026/05/12
「野本さんが会社にもっと深く関わろうと思った転機はいつですか?」と尋ねられることがあります。振り返ると、特定の転機があったというより、入社した時から常に会社のことを「自分ごと」として捉え、自ら提案して動くのが私の性分でした。
その中で、強いて自分の土台を作った場所を挙げるなら、入社早々に配属となり、その後14年間勤務することになった「厚木」での経験です。
第11回でお話しした通り、厚木事務所は所長と私を含めても7、8人。そのため、厚木に来て10年も経つと私は、「工事係長」「換地係長」「庶務係長」という3つの役職を一人で兼務するようになりました。現場の土を動かし、地主さんと権利関係の交渉をし、事務所の経費やハンコの手配まですべてを一人でこなす。本流の大きな組織にいれば開発の一部の業務に集中できる環境が整備されていますが、それとは反対に厚木事務所では、開発事業の最初から最後までを一貫して経験することができたのです。
上席から細かく指示や確認をされることはなく、自由に仕事を進めさせてもらっていた分、自分で考えて動くということには責任を伴います。そこで鍛えられたのが、地権者や役所との厳しい折衝により磨かれた「交渉力」でした。
例えば、開発地の隣にある田んぼの地主さんとの交渉です。通常であれば、境界に高い石積みをしなければならず、膨大なコストがかかります。そこで私は地主さんに「こちらの土を入れて、土地を平らにしませんか。そうすれば立派な畑として使えますよ」と提案しました。結果的にそこは畑にはなりませんでしたが、駐車場として活用され、地主さんには大変喜ばれました。そして、私たちも土の処分費と石積みのコストを全て削減することができました。このように、主語を自分たちではなく「相手」へと置き、相手の利益を第一に考えれば、両者が得をする「Win-Win」の形が作れるのです。
時には、覚悟が試されることもありました。無茶な要求をしてくる地主さんに対し、原価を知り尽くしている私は「会社からはこれ以上絶対に出せません。これ以上は私のボーナスから払います!」と迫ったこともあります。すると私の覚悟に、相手も「君もサラリーマンだから大変だな」と無理な要求を取り下げてくださいました。本気で腹を括ってぶつかると、相手は歩み寄ってくれるのです。
1970年代の石油ショックの頃、材料不足と価格高騰が深刻で様々なコスト削減策を考えました。宅地造成のルールでは、道路と宅地が整ってはじめて、建築物をつくれるという原則がありました。地下の車庫も例外ではないため、一度石積みを完成させてから、その石積みを壊して車庫を造るという手順を踏まなければなりませんでした。しかし、これが大きな無駄であると考え、私は建築の六法全書と言われる赤本(『建築基準法規集』)を読み込み、「材料不足の時勢に、国家的な損失ではないか」と、県の担当者に呼びかけました。周囲からは「法務大臣に法律を説くようなものだぞ」と呆れられながらも、粘り強く交渉した結果、先行して車庫を造る方法を認めてもらうことができました。これが前例となり、その後、多摩田園都市でもその方法を多く活用されています。
「この方にはどう話せば理解していただけるか」——地道な折衝の連続の中で、「対人感覚」と「人の気持ちを汲み取る力」が培われていきました。
厚木事務所での14年間にわたる現場経験を通じて学んだことは、「相手(お客様)の視点に立つ」というシンプルな哲学でした。どこの部署であろうと、どんな仕事であろうとも、主語を自分ではなく「相手」に置き換えることができれば、仕事は面白くなり、道は開けるのです。


