「大企業も商店の集合体」――入社前夜、父が授けた...
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#09経営は「微分・積分」でできている――数学好きの少年が学んだ本質へのアプローチ
野本弘文 2026/05/09
私は仕事で「物事は微分して(なぜ)考え、積分して(もし)形にする」という言葉をよく口にします。たとえば、目の前にある建物ひとつをとっても、「この建物はなぜこの名前なのか」、「なぜここに入口があるのか」、「なぜこの照明器具なのか」等々、理由を一つずつ掘り下げていく。そのようにして、“なぜ”の原点を想像することが、私にとっての“微分”です。
そして、今あるモノやコトを今度は「もし、この商品とこのサービスを組み合わせたら」等、もし…の連続で、さらに良い形へと進化する。それが“積分”です。バラバラの気づきを積み上げることで、新しい価値や、より良い解決策が見えてきます。
こうした考え方の土台は、高校時代に培われたのかもしれません。英語は苦手で、今でも苦労していますが、数学は比較的得意でした。難解な数式を前にして、ああでもないこうでもないと、理由を一つずつ整理して答えにたどり着く過程が楽しかったのです。
もちろん、解けない問題もありました。はじめは「どうにかして自分で解きたい」と頑張ってはみたものの、歯が立たない。そこである日、数学ではなかなか勝てない友人に「これ、どうやるの?」と恥を忍んで聞いてみたところ、すぐにやり方を教えてくれた。それからは同じような問題も解けるようになりました。このときに、分からないことを素直に認め、他者の知恵を借りて本質(解)にたどり着くことの大切さを学びました。
高校生活は、まさに「積分」の楽しさに満ちていました。当時はビートルズなどのポップス全盛期。放課後になれば友人が自宅に集まり、音楽や他愛のない話に花を咲かせました。私の家は酒屋と果物屋でしたから、ジュースや果物がふんだんにあり、ちょっとした溜まり場のようになっていたのです。
運動会では応援団長を買って出て、仲間と夜遅くまで準備しました。皆を驚かせようと、当時人気だった『エイトマン』の巨大モニュメントを作ったこともあります。文化祭ではコント風のシナリオを書き、映画『禁じられた遊び』や『隠密剣士』のパロディに挑戦しました。天井からニワトリが落ちてくる仕掛けや、手作りのピストルなど、小道具一つひとつにも工夫を凝らしました。
バラバラなアイデアや仲間(要素)を集め、工夫を重ねて一つの大きな熱狂(作品)を作り上げる。これはまさに、経営における「積分」そのものです。人を喜ばせたい、驚かせたいという一心で知恵を絞る楽しさは、今の仕事にもそのまま通じています。
修学旅行で見た銀座の夜景や、門限を破って叱られたことなど、高校生活には思い出が多くあります。あまりに楽しく、気づけば大学受験の勉強より、友人との交流や「今を楽しむこと」を優先してしまいました。
その結果、受験には失敗し、浪人生活を送ることになります。
ただ、あの頃の経験が無駄になったとは思いません。“微分”のように物事を分解して考える癖と、“積分”のように仲間と協力して一つの形をつくる楽しさ。この二つは、今の仕事における大事な支えになっています。


