渋谷ヒカリエ開発と父の教え――「人を喜ばせたい」
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#18「お客様に選ばれる街へ」――たまプラーザの大屋根から広がる、オープンな街
野本弘文 2026/05/18
鉄道会社に長く身を置いていると、つい陥りがちな錯覚があります。それは「沿線にお住まいの方は、自社のお客様だ」という思い込みです。
会議の場で「お客様の囲い込み」という言葉を耳にすることがありますが、囲い込みという考え方自体は、決して悪いことだとは思いません。ただ、お客様は決して「企業に囲い込まれたい」とは思っていません。数ある選択肢の中から、自分にとって一番都合よく、便利で、楽しい場所を自由に選んでいくのです。そのような自由な選択の結果として、多くの方に「選ばれる街」に育っていくことこそが、大事なのではないでしょうか。
この「選ばれる街」への転換を象徴するのが、2007年に私が開発事業本部長として本社に戻り、陣頭指揮を執ったもう1つのプロジェクトである「たまプラーザ駅」の再開発でした。
私は「クローズドではなく、オープンな街づくり」を徹底しました。駅全体を覆うような「大屋根」をかけ、駅と商業施設の一体感を醸成することにしたのです。また、屋根のトップライトからコンコースに明るい自然光が差し込む計画としました。
ただ、駅の直上にこれほど大きな屋根をかける工事は技術面やコスト面から課題が多くあり、社内では反対の声もありました。しかし、私は諦めず、結果、大屋根を設置することに成功しました。もしあの時、「できません」と諦めていたら、現在のあの開放的なたまプラーザの景色は生まれていません。諦めずに知恵を絞り、挑戦したからこそ、今の姿があるのです。
風が通り、光が差し込む開放的な大屋根の空間であれば、人は自然と集まります。商業施設の中だけでなく、近隣の商店街ともシームレスにつながることで、街全体が活性化する。結果として、近隣の商店主の方々からも支持をいただくことができました。
さらに、駅を、移動の拠点やショッピングの場所とするだけではなく、「賑わいの発信地」としての機能を持たせようと考えました。これは私がメディア事業で培った構想です。イッツ・コミュニケーションズが運営するコミュニティFMラジオ「FMサルース」のスタジオやホールを商業施設内に開設し、常に何か楽しいことが起きているという空気を演出したのです。
「囲い込む」のではなく「オープン」。そうすれば、お客様は足を運んでくださる。これは、私が幼い頃に実家の店先で学んだ「人が集まる空間の原理」と同様です。
こうした話は、現在、会長室を訪ねてくる社員との雑談の中ですることはありますが、振り返ってみれば、私自身の言葉で社員全体に向けて話す機会は、意外と少なかったように思います。
社外の講演会などでお話しすることはあっても、肝心な身内である社員に対して、こうした経営の機微や想いを伝えきれていなかったのではないか。インタビューを受けながら、ふとそんな自省の念も湧いてきました。
どんなに立派な大屋根を作っても、どんなに精緻な戦略を立てても、それを実行し、日々お客様と向き合うのは、やはり現場の社員たちです。昔から変わらない真理ですが、結局のところ、最後は「人の力」が最も大切なのです。
お客様に選ばれるための知恵を、社員一人ひとりが自律的に考え、発揮できる組織でありたい。そうした想いを、これからはもっと社員に向けて語りかけていかなければならないと、改めて感じております。


