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#16経験が通用しない世界で、次の時代を創るために
野本弘文 2026/05/16
1991年7月、私は東急不動産への出向を終え、本社の「生活情報事業部 ニューメディア課」の課長として帰任しました。しかし、そこは決して温かい古巣ではありませんでした。
この部署は当時の事業部長の肝いりで新設された新規事業の要であり、本来、彼には腹心として据えたい別の人物がいたらしいのです。そこへ、辞令で送り込まれてきたのが私でした。まさに「招かれざる人事」です。
着任前日、生活情報事業部長のデスクの前に行き、就任の挨拶をしましたが、事業部長はずっと横を向いたまま。一言も声をかけてもらえません。温かい言葉などはないまま、ニューメディア課での業務は幕を開けました。
しかし、新しい業務はそんな人間関係に悩む暇もないほどの忙しさでした。今までは自分の経験を価値にしてきましたが、メディアの世界では、過去の経験など価値にならないと感じました。
WOWOWや東急ケーブルテレビジョン(現・イッツ・コミュニケーションズ)の再建、新規事業「セラン」の立ち上げ。さらに、インターネットの普及に伴う日本ネット研究会や次世代ネットワーク研究会の発足。渋谷を「ビットバレー」と呼ばれるIT拠点の街にするためのインフラ整備、ブロードバンド構想、データセンターなど、ここには書ききれないほどの新規事業を企画・提案し、次々とトライ&エラーを繰り返しました。
メディアという未知の世界では、私の過去の不動産開発での経験は通用しませんでした。これからの時代、メディアは必ず必要になるはずだ、せっかくもらった新たなチャンスと思い、メディア関連の本を読み漁るなど、さまざまな勉強をしました。勉強をする中で、「一般の消費者の感覚」に最も近い、男女を問わず若い社員の皆さんと、「メディアによって、世の中がどう変わるのか? これからのメディアに何が求められるのか?」といったように毎日のように議論を重ねました。
当時、私の部署には若手社員が多く配属されてきました。私は彼らに、「上司や先輩を恐れないでいい。メディアのことは、若い君らの方がよく知っているんだから堂々と意見を言ってくれ」と伝え、肩書きに関係なくフラットに議論を交わしました。経験が通用しないからこそ、一番の原点である「お客様の視点」に立ち返り、知恵を絞って未経験の分野を前進し続けたのです。
東急の新規事業であるケーブルテレビを推進するとともに、このケーブルテレビネットワークを活用した新たな取り組みや、世の中に現れ始めたインターネットを活用した事業等を、商社やIT企業などに働きかけ、事業化の検討を始めていましたが、まだまだ新しい事業であり、どの会社も手探りの時代でした。
基本的には「B to B(企業間取引)」である商社やIT企業、電力会社と、東急をはじめとした「B to C」企業がお互いの強みを組み合わせることで、お客さまにとってさらに喜ばれる新しいサービスを生み出すことができるのではないか――。そうした仮説のもと、「日本ネット研究会」や、「次世代ネットワーク研究会」を設立し、企業の垣根を越えた勉強と連携の仕組みを立ち上げました。
現在(いま)、先行きの見通しが難しい「VUCAの時代」と言われて久しくなりました。 これからはまさに、“経験が通用しない世界”と言えるでしょう。この時代を拓いていく皆さんには、歴史や前例に学び、それらを礎として新しい広がりを生み出すよう、失敗を恐れず挑戦していただきたいと思います。
そして、同じ志を持つ仲間と出会い、議論を重ねる中で生まれる一歩こそが、次の時代を創ると信じています。


