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スマートシティの正体――暮らしを支える仕組み
ビジョナリー編集部 2026/01/28
「地震発生直後、エレベーターが自動停止し、避難情報が一斉配信された」「豪雨の前に、街全体で避難判断が共有される」
もし、そんな体験が“当たり前”になったとしたら、あなたはそれを便利と感じるでしょうか。近年、世界中で重要視されるようになった「スマートシティ」という取り組みは、災害リスクや人口構造の変化といった、都市の“限界”が見え始めた今だからこそ、現実味を帯びて語られるようになりました。
スマートシティとは、単なるハイテク都市ではありません。都市が抱える課題を、データと人の知恵で“賢く”解決しようとする試みそのものです。
本稿では、スマートシティの基本的な考え方を整理したうえで、海外と日本の具体事例をたどりながら、その本質と可能性を探っていきます。読み終えたとき、あなたが住む街の見え方も、少し変わっているかもしれません。
スマートシティとは何か――「便利な街」では終わらない概念
スマートシティは一般に、ICT(情報通信技術)やデータを活用して、都市機能や市民生活の質を高める取り組みと説明されます。ただし重要なのは、「技術ありき」ではない点です。多くの先行事例が示しているのは、出発点が常に都市課題であるという事実です。
高齢化による医療・介護負担、交通渋滞や公共交通の維持、エネルギー消費の増大、災害リスクの高まり。こうした課題に対し、人手や予算を無限に増やすことはできません。そこで注目されたのが、データを共有し、予測し、最適化するというアプローチでした。
つまりスマートシティとは、「街を賢く動かすための“都市経営の仕組み”」と言い換えることができます。
世界で進むスマートシティ――先行事例が示す共通点
世界のスマートシティを見ていくと、地域や文化は異なっても、いくつかの共通点が浮かび上がります。
欧州:生活密着型で進むデータ活用
スペインのバルセロナは、スマートシティの代表例として頻繁に取り上げられます。 同市では、街中に設置されたセンサーから得られるデータを活用し、ゴミ箱の充填状況をリアルタイムで把握できる仕組みを導入しました。これにより、回収車は「必要な場所だけ」を巡回するようになり、無駄な走行や人件費、燃料コストが大幅に削減されています。
街路灯についても、人や車の通行量に応じて明るさを自動調整するシステムを採用し、電力消費を抑えながら安全性を確保しました。特徴的なのは、最先端技術を前面に押し出すのではなく、市民の税負担や生活コストを下げることを明確な目的としている点です。バルセロナのスマートシティは、「便利そう」ではなく「実際に助かる」施策の積み重ねによって支持を広げてきました。
同様に、オランダのアムステルダムでも、エネルギー管理やモビリティ分野を中心に官民連携が進められています。再生可能エネルギーの発電量や消費量を可視化することで、住民は自宅や地域単位でのエネルギー使用状況を把握できるようになりました。その結果、「いつ、どのくらい電力を使っているのか」を意識した行動変容が生まれています。
また、アムステルダムでは1960年代から、自転車を市民に開放する取り組みが続いてきました。毎年2万台規模で自転車を導入し、近年は電動化や補助制度も進めています。移動を個人任せにせず、都市全体で最適化する発想は、スマートシティの原型とも言えるでしょう。行政が一方的に仕組みを押し付けるのではなく、市民が使い、意見を出し、改善に関わるプロセスそのものがスマート化の一部と位置づけられている点が、アムステルダムの特徴です。
アジア:国家戦略としてのスマートシティ
一方、アジアではより国家主導色の強い事例が目立ちます。
シンガポールは「スマートネーション」構想(都市(シティ)単位ではなく、国家全体を「賢く運営する」ことを目的としたデジタル国家戦略)のもと、交通、医療、防災などあらゆる分野でデータ連携を進めています。渋滞予測や公共交通の最適化は、その代表的な成果です。
韓国の松島(ソンド)は、新都市開発の段階からICTを前提に設計されたスマートシティとして知られています。都市全体を貫く統合基盤のもと、エネルギー使用量や交通量、防犯情報などが一元管理され、状況に応じた制御が行われています。特徴的なのは、こうした仕組みが後付けではなく、都市OSのような発想で最初から組み込まれている点です。
同じアジア型でも、シンガポールは「既存都市の高度化」、松島は「ゼロから設計された都市」という違いがあります。これらの事例から見えてくるのは、スマートシティは「完成形」を目指すものではなく、進化し続けるプロセスであるという点です。
スマートシティは何を変えたのか
多くの海外事例では、交通渋滞の緩和による移動時間の短縮、エネルギー消費量の削減、行政コストの低下など、単なる利便性向上にとどまらず、都市の競争力そのものを高めています。
特に注目されているのが、都市データの横断的活用です。交通データと気象データ、人口動態と医療データを組み合わせることで、「これまで見えなかった課題」が可視化される。その結果、対症療法ではなく、予防型の都市運営が可能になりつつあります。
日本におけるスマートシティの現在地
では、日本ではどうでしょうか。実は日本でも、スマートシティの取り組みはすでに各地で進んでいます。
日本特有の背景――少子高齢化と地方課題
日本のスマートシティは、少子高齢化や人口減少という構造的課題と強く結びついています。都市の効率化はもちろんですが、「どうやって街を維持するか」という切実な問いが出発点になっています。
具体事例:生活に近いスマート化
千葉県の柏の葉スマートシティでは、地域内で発電した電力を街の中で融通し合うエネルギーの地産地消が進められています。加えて、歩数や健康診断データなどを活用し、住民が日常的に健康状態を意識できる仕組みも導入されました。単なる省エネ都市ではなく、「健康に暮らし、自然に人が集まる街」を目指して設計されている点が特徴です。
神奈川県藤沢市のFujisawaサスティナブル・スマートタウンでは、住宅ごとの太陽光発電や蓄電池、防災設備を組み合わせ、平時と災害時の両方を想定した街づくりが行われています。停電時でも電力や情報を一定期間確保できる設計となっており、「災害に強い暮らし」を日常の延長線上で実現している点が象徴的です。
さらに、トヨタが静岡県で進めるWoven Cityは、研究施設ではなく“実際に人が暮らす街”を舞台にした実証実験都市です。自動運転車が行き交い、ロボットが生活を支え、スマートホームが日常的に使われる環境で技術検証が行われています。ここではスマートシティが、完成形ではなく「試しながら進化する場」であることが示されています。
日本のスマートシティが直面する課題
一方で、日本のスマートシティには課題も少なくありません。特に指摘されるのが、データ連携の難しさです。行政、企業、地域住民の間でデータをどう共有し、誰が責任を持つのか。このガバナンス設計は、まだ発展途上にあります。
また、「スマート化=監視社会ではないか」という懸念も根強く存在します。そのため日本では、海外以上に丁寧な合意形成や説明が求められています。ここに、日本型スマートシティの特徴があるとも言えるでしょう。
スマートシティがもたらす本当の価値
ここまで見てきたように、スマートシティは決して未来の話ではありません。すでに多くの街で、着実に進んでいます。
重要なのは、スマートシティの価値は、テクノロジーそのものではなく、暮らしの質がどう変わるかにあるという点です。移動が楽になる。災害時の不安が減る。高齢になっても安心して暮らせる。そうした一つひとつの積み重ねが、都市への信頼を高め、人を惹きつけ、結果として経済や地域の活力につながっていきます。
まとめ――あなたの街も、すでに変わり始めている
スマートシティとは、「特別な都市」のことではありません。むしろ、どの街にも必要な進化の方向性だと言えるでしょう。
世界の事例が示すのは、完璧なモデルは存在しないという事実です。それぞれの街が、自らの課題と向き合いながら、少しずつ良くなっていく。その過程こそが、スマートシティなのです。
もしかすると、あなたの街もすでに、スマートシティへの一歩を踏み出しているのかもしれません。


