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2025

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    「日本の靴下産業を永続させる」――タビオ社長が語る、「匠の気質」幻想論

    「日本の靴下産業を永続させる」――タビオ社長が語る、「匠の気質」幻想論

    芸大出身、音楽を愛し、常識にとらわれないタビオ株式会社 代表取締役社長・越智 勝寛(おち かつひろ)氏。その芸術的感性でヒット商品を生み出し、社会の荒波に揉まれてもものともせず突き進むうちに社長に就任した、という異色のキャリアを持つ。

    経営をサッカーに見立て、日本のものづくりを死守する哲学を持つ同氏。その溢れんばかりのエネルギーで周囲を驚かせつつも、日本独自の「匠の気質」神話には、冷静にメスを入れる。次世代に託したい「規制を外す」という挑戦の勧めと、その真意を語った。

    「自分で解決できない悩みは無駄」――特異な仕事観

    様々なご経験をされてきて、泰然自若としていらっしゃるようにお見受けします。数々の難題を突破できるのは、どういったことが原動力となっているのでしょうか。

    これまでの経験を通じて私が思うことは、結局、 「自分で解決できないことを悩んでも意味がない」 ということです。自分で解決できる問題であればすぐに解決すればいいのですが、自分で解決できない問題を持ち帰り、酒を飲みながら一人で悩んだりするのは無駄だろう、と。ある意味、自分でできないことは見切りをつけ、周囲の力を借りることが大切だと思うのです。

    例えば私は、経理に関してはからっきしで、会社の財務担当に完全に任せています。広報についても、元々は別の会社からうちに取材に来たメンバーが、しっかりとやってくれています。もちろん人にもよりますが、メンバー間の距離は比較的近く関係を築いていると思います。

    「国益にならないことはしない」――社長の役割と「上場しなければよかった」本音

    社長に就任された経緯と、会社の目的である「日本のものづくりを永続させる」ことへの想いについてお聞かせください。

    営業部時代にやった改革がWEBメディアに載ったのですが、それが実の父親である会長の目に留まり、反感を買いました。そのときの喧嘩の延長で「社長をやれ」と言われ、やることになってしまったんです。ただ私は、社長というのは特別なものではなく、「社長」という役割の一つだと思っています。

    上場するまでは、会長は非常に明るくて愉快な人だったのですが、上場してからは様々なしがらみが増え、苦しそうに見えることもありました。そんな会長を見ると、上場も一長一短であると思います。上場廃止はしませんが、財務担当と常にMBO(経営陣による自社買収)の可能性の話はしています。

    当社の目的は、「 日本製の靴下のもの作りを永続させる 」ことです。多店舗化して生産拠点も海外へ転換するのではなく、国益にならないことはしない 。そして、日本のもの作りの品質を守っていく。例えば、当社のストッキングには、靴下のように足の形がありますが、それは従来の作り方をそのまま変えずにやり続けているが故です。

    日本がデフレで給料が上がらなくなったのは、単純に海外でものを生産する大企業が成功したからです。我われは、地産地消 を目指し、中国での展開についても、中国製のものを中国人に買ってもらうビジネスモデル自体を輸出しようと思っています。

    当社がロンドンとパリに進出しているのは、日本の商品ブランドが、ファッションの本場であるパリやロンドンで認められるかどうかの品質の世界通用性のテスト としてやっている側面があります。この二都市が、世界で一番厳しいところですから。

    「匠の気質」は神話。天才はいるが、伝承は「仕組み化」で若い子にも開拓できる

    創業者の「魂」は今、会社のどこに息づいていますか。

    「タビオの魂」とよく言われますが、これを明言化していくと、つまりは日本製の靴下のもの作りを永続させる ことなんです。私は、そのための方法を考えているに尽きます。

    日本の工場の品質を支えるのは、物流センターの現場スタッフです。品出しする際に商品に不備があればすぐに止めて、「これはAさんの工場の商品だから、Aさんに連絡してあげないと。ある商品は全部チェックしよう」ということを責任者でも担当者でもない職員の方が、その場にいる方、全員に呼びかけるということが自然とできています。これは積み重ねの文化 だと思います。

    一方海外では、「自分の担当外のことは責任が伴うのでやらない」という文化で、不備があってもしばしばそのまま通してしまいます。

    そして、 「匠の気質」 というものは、実際はあまりなく、「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがあるように、知恵を駆使して若い人でも開拓できるというのが、鯖江(眼鏡の一大産地)の眼鏡づくりなどの事例から分かってきています。実際は、フレームを曲げるだけなど、工程ごとの職人さんがいるだけなんです。その再現性を研究させると、大体2、3カ月で若い人でもできてしまう。

    ただその中で稀に、突出して才能のある人間が出てくるんです。高品質な職人技で知られる鯖江の工場見学をしたとき、「この子は天才です」と紹介された職人がいました。他の社員たちは何度も試行錯誤していた中、その人だけは、一度触っただけで完璧に研磨できる。職人さんたちもあまりの出来に驚愕していました。「匠の気質」というのは、「伝承」により受け継がれているのではなく、もしかしたら一種の 「才能」 により受け継がれているように見えるのかもしれません。しかし、「伝承」しようとせず、「俺が死んだらこれは終わる」というような美学に溺れていてはいけません。「魂」などと言いますが、具体的に本人が言語化できていないだけなのです。私は、それを伝承していけるような仕組みに変えていけばいい と思っています。

    経営は「サッカー」で考える。ボランチに攻撃を望むのは無理だ

    社長は経営をサッカーで考えていると伺いました。サッカーをどのように経営戦略に活かしていらっしゃいますか。

    おっしゃる通り、私は経営を結構サッカーで考えています。だから、日本代表のオシム元監督やポルトガルのモウリーニョ監督などを研究したり、本も結構読んでいます。

    「この部署がうまくいっていない理由は、おそらくディフェンダー(社員)が多すぎることが問題で、ボランチに攻撃を望むのは無理 なので、ちょっとフォワードみたいな人を入れたりしよう」、といったことを人事部と話したりします。これは「フォワードがいないために、無理にボランチ(守備的なミッドフィルダー)が一人で攻めようとしているからしんどいことになっているので、攻撃的なポジションの選手を一人入れたら、君がちょうど中盤トップ下くらいになって、本来のポジションで攻守の指揮を執ることができるようになるから、攻撃的な選手を入れよう 」と結論付けたというエピソードです。全部サッカーですね。

    また、 「戦わずして勝つ戦略」 として、同業他社さんと全く戦う気がないです。大手衣類メーカー系の会社と業務提携し、当社の店頭の強み を活かして、彼らの商品も売る。同じ用途の商品でも、お客様によって求める価格帯や性能は異なるので、喧嘩しても仕方がないと思っています。棲(す)み分けしてやっているという感じです。隣り合って出店しても別に構わないと思っています。

    ラーメン屋の感覚で在庫を捌く。「ネーミングを変えるだけ」の英語禁止令

    在庫の最適化と持続可能な経営について、具体的にどのように考えていますか。

    その点は会長もこだわっていて、良い方法はないかとずっと模索されていました。計画生産・計画販売というのは、大量消費社会に移行してから生まれた概念ですが、重要なのは、常に時代とともに修正し続けていくことです。あらかじめ何十万も作っておいて売るというのは、今の時代、お客さんを誘導できるものでもありません。SNSが普及し、ファッショントレンドの変化も激しいので、お客様のニーズを把握するのが難しくなり、在庫の持ち方も変わってきました。業界全体で安価に大量生産して、広告を打ち出して販売する、というのが在庫の最適化の通例でした。しかし私たちが目指しているのは、ラーメン屋のように、もともと麺は打っておき、最後に湯上げした状態でスープを入れて一番良い状態でお客様に提供する、というやり方です。これを靴下業界でもできないかと模索しています。

    在庫回転率を求めるというよりは、あるべき商売のあり方 こそ、本来の形だと思います。A・B・Cの中から社内の意見だけで勝手に売れる商品(A)を予想し、Aに広告費を充てるというやり方ではなく、お客さんがCを選ぶなら、そこに合わせて素材や糸、機械、人の手配をしていく。Cが下がってきたら代わりにDを出すとか、そういうのが多分、原始的な商売 で、靴下業界でも、それをやりたいのです。

    また、ポップさは格好良さより伝わるか、という問題があります。わかりやすい事例でいうと、英語を使えば格好良く聞こえるけれど、伝わらないということが往々にしてあるのです。例えば、「撥水」と書いた靴下が以前はよく売れていたのに、最近は売れなくなった。そこで調べてみると、商品に「Waterproof」と書いてあったんです。「誰がわかるんだ、そんなもの」と。格好良くなったかもしれないけど、間違えているよな、と。そこで、「英語禁止令」を出したのです。つまりは、わかりやすい日本語 を使おうという改革です。

    「チャレンジに罰ゲームはない」。次世代に託したい「規制を外す」挑戦

    最後に、会社の中だけでなく世の中に向けて、託したいメッセージはありますか。

    会社に関しては、品質の基準だけキープしてもらえれば、あとは自分の強みを使って好きにやってもらって構いません。

    世の中の人に向けて言うなら、人生においてチャレンジするのに罰ゲームはあまりない と思うので、 「やってみたら?」 と言いたいです。そこに悩んだり躊躇したりする人が多いですから。創造してチャレンジしていれば、アイデアも生まれやすいと思います。チャレンジしていないと、失敗するリスクばかりが頭をよぎりますが、成功する方法を考えるようになります。やろうとした時に「こうすれば確率が上がる」と考えるのは、サッカーの戦術に近い感覚です。

    規制を外していっても何も起きません。魚を透明なフィルターの中で泳がせると、フィルターを抜いた後も既に障壁はないはずなのに二度とフィルターの外側へ行こうとしないという習性のように、皆自分自身を沈めている気がします。とりあえずいっぺんやってみればいいと思うのです。

    私はどんどん規制を外していきます 。社会では、往々にして「規制を無くすと実は強化される」という現象があり、そういうものとの戦いです。自由にすると言い訳ができなくなるからでしょうか、社内でも自由にすればするほど社員がルールを作っていきます。若い子たちは萎縮せずにどんどんチャレンジしていって欲しいと思います。

    #トップインタビュー#タビオ#越智勝寛#規制を外す#チャレンジとアイデア

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