デジタル空間を「人生の基盤」へ。ココネが「ENS...
SHARE
ドラッグストアの“当たり前”を作った男。伊勢半6代目が50年前、アメリカで見出した「化粧品販売の革命」の正体
ビジョナリー編集部 2026/07/21
1825年の創業以来、200年を超える歴史を刻んできた株式会社伊勢半。日本伝統の「紅」をつくる紅屋「伊勢屋半右衛門」として始まった同社だが、その歩みを振り返ると、節目ごとにアメリカという存在が大きな役割を果たしてきたことが浮かび上がる。
特に、伊勢半グループを近代的な総合化粧品メーカーへと脱皮させた6代目当主・澤田亀之助(1914~2007)は、アメリカとの接点を起点に数々の革新を成し遂げた経営者であった。現在、同社のブランド「ヒロインメイク」がアメリカ市場で存在感を高めている背景には、半世紀以上も前から続く「知の探索」の歴史がある。
▲伊勢半6代目当主・澤田亀之助(1914~2007)
アメリカ建国250周年とともに振り返る、伊勢半「革新の源泉」
2026年7月4日に建国250周年を迎えたアメリカ。奇しくも伊勢半の創業記念日も同じ7月(7月7日)である。同社にとってアメリカは、単なる輸出先を超えた「事業変革のターニングポイント」として存在してきた。
6代目・亀之助は、戦前の段階ですでに海外市場へ強い関心を寄せていた。当時の社史を紐解くと、アメリカのみならずアジア、中東、南米など、各国のニーズに合わせた商品展開を行っていた記録が残されている。こうしたグローバルな視座こそが、後の日本市場を揺るがす商品開発や販売戦略の土台となったのである。アメリカという鏡を通じて自らを見つめ直す姿勢は、伊勢半の「革新の源泉」であったといえるだろう。
▲戦前、伊勢半が海外向けに販売していた口紅
アメリカから来た1本の口紅がもたらした挑戦と教訓
伊勢半の歴史には、その後の命運を分けた象徴的なエピソードがある。きっかけは、戦前に取引先から持ち込まれた「アメリカ製の口紅」であった。
それは当時の日本製にはない「ねっとりとした質感」を持つ、未知の品質であったという。亀之助は「ライバルが現れる前に、時代を先取りして新しい口紅をつくり出そう」と決意。紅屋としてのプライドを賭け、開発に着手した。成分の分析は困難を極めたが、亀之助は理論に頼るのではなく「実験あるのみ」と、夜な夜な独りで試作を繰り返した。その執念が実を結び、ついにアメリカ製に匹敵する質感を持つ国産口紅を完成させたのである。
しかし、この挑戦は意外な結末を迎える。品質は申し分ないレベルに達していたものの、宣伝不足がたたり、当時まだその質感に馴染みのなかった日本市場では全く売れなかったのだ。
▲当時日本では、ねっとりとした着け心地&高発色な油性口紅とは逆のさらっとした使い心地で自然な発色の口紅(写真)が好まれた
この失敗から、亀之助は「製品が優秀でも、宣伝が効果的でなければ売れない」という痛烈な教訓を学んだ。この時、彼が胸に刻んだ「これからは宣伝の時代だ」という直感が、戦後の鮮烈なプロモーション展開の礎となった。
1951年の視察で見出した「売り方の革命」
戦後、1951年に再びアメリカの土を踏んだ亀之助は、約3カ月にわたり各地の化粧品産業を視察した。そこで目にした光景が、日本の化粧品流通に革命をもたらすことになる。
▲アメリカでの見聞を記したノート(左)とサンフランシスコでの亀之助(右)
最も大きな衝撃を与えたのは、スーパーマーケットにおける「セルフ販売」であった。対面販売が当たり前だった当時の日本に対し、アメリカでは消費者が自ら自由に商品を手に取って選んでいた。
「日本にもスーパーで気軽に化粧品を購入できる時代が来る」と確信した亀之助は、帰国後、1966年にPSP(パーフェクト・セルフ・パッケージ)システムを日本の化粧品業界で初めて導入した。商品をフックに並べ、説明を読んで選ぶこの仕組みは、現在のドラッグストア等では主流となっているが、当時は業界の常識を覆す大胆な試みであった。
▲日本の化粧品業界に「セルフ販売」の革新をもたらしたPSPシステム
さらに、ニューヨークのレブロンやコティ、シカゴのコルゲートなど、名だたるブランドを渡り歩いた視察は商品開発にも直結した。アメリカで流行していた「落ちにくい口紅」に着想を得た「キスミースーパー口紅」は、1955年に 「キッスしても落ちない」 という刺激的なコピーで発売され、社会現象を巻き起こした。このヒットにより、伊勢半は口紅市場における地位を不動のものにしたのである。
▲キスミースーパー口紅
外国人の男女がいまにも口づけしそうなビジュアルと「キッスしても落ちない」のコピーを用いた広告は世の中にセンセーションを巻き起こした
学びの地から挑戦の舞台へ――伊勢半グローバル戦略の現在地
かつてアメリカから多くを学んだ伊勢半は今、アメリカを重要な「挑戦の舞台」と捉えている。SNSやインバウンド需要を通じて認知が広がった「ヒロインメイク」は、現地の消費者から着実に支持を集めている。
▲ヒロインメイク海外向け英語パッケージ
▲アメリカでのSNS施策
支持層は在米日本人やアジア系ユーザーにとどまらず、日本発の品質や機能性、そしてオリジナルキャラクター「エリザベート・姫子」を軸にした独自の世界観が、幅広い層に波及している。
▲アメリカ最大級の化粧品展示会「Cosmoprof North America」の様子
アメリカから価値を学び、日本市場に革命を起こしてきた伊勢半。200年の節目を越え、今度は日本発の価値をアメリカへ、そして世界へと発信する存在へと進化を遂げようとしている。同社の挑戦は、これからも国境を越えて続いていく。


