聖地・国立への序曲。「裏選手権」全勝優勝が鹿島学...
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なぜ、土のグラウンドの無名校が「スペイン」へ飛んだのか?鹿島学園、名門ビジャレアルとの20年に及ぶ交流
ビジョナリー編集部 2026/01/12
鹿島学園の歴史を紐解くとき、避けては通れないエピソードがある。それは、まだチームが全国の常連ですらなく、練習環境も土のグラウンドだった2002年から続く、「スペイン遠征」という伝統だ。
なぜ実績のないチームが、多大なコストと労力をかけて海を渡り続けてきたのか。その答えは、観光でも思い出づくりでもない。名将・鈴木雅人監督による、「本物の基準(グローバル・スタンダード)」をチームのDNAに刻み込むための、壮大な先行投資だった。
選んだのは「銀河系軍団」ではない。人口5万人の“小さな巨人”
海外遠征といえば、バルセロナやレアル・マドリードといったメガクラブをイメージするかもしれない。だが、鹿島学園が提携パートナーに選んだのは、「ビジャレアルCF」だった。
理由は明確だ。ビジャレアルのホームタウンは、人口わずか5万人ほどの小さな町。それは、鹿島学園が位置する茨城県鹿嶋市と驚くほど環境が似ている。 大都市でなくても、資金力が潤沢でなくても、メソッドと情熱があれば、世界最高峰のリーグで「ジャイアントキリング」を起こせる。
「小さな町のクラブでも、世界で戦える」この事実は、地方から全国、そして世界を目指す鹿島学園にとって、これ以上ない生きた教科書(ロールモデル)だったのだ。
指導者が変わり、選手が変わる。「怒号」から「言語化」への転換
長年にわたるスペインとの交流は、鈴木雅人監督自身の指導哲学にも劇的なパラダイムシフトをもたらした。 かつての日本の部活指導にありがちな「精神論」や「一方的な指示」からの脱却である。
ビジャレアルのメソッドが教えてくれたのは、 「指導者が変われば、選手も変わる」 という真理だ。
- 「行け!」「頑張れ!」の禁止: 曖昧な精神論を捨て、具体的で論理的な「言語化」を徹底する。
- 自立の促進: 答えを教えるのではなく、選手に判断させる。
- 楽しむ心の育成: 「大人になってもサッカーを愛せる選手」を育てる。
2018年の正式な業務提携を経て、この「ビジャレアル流」は鹿島学園のOS(基本ソフト)として完全に定着した。ピッチ上で飛び交う具体的な指示、そして選手たちの笑顔。それは、日本の高校サッカーの枠を超えた、欧州の風を感じさせる光景だ。
「井の中の蛙」で終わらせない。世界との距離を肌で知る
鈴木監督は、スペインサッカーを「基本に忠実でありながら、情熱的で美しく、楽しさを忘れない」と評する。 遠征では、ビジャレアルのユースA(同年代のトップ)と対戦する。そこで選手たちは、圧倒的な「世界との距離」を突きつけられる。
だが、このショック療法こそが必要なのだ。 「上には上がいる」ことを肌感覚で知っている選手は、日本の大会で慢心しない。そして、臆することもない。 上田綺世をはじめ、鹿島学園から多くのプロ選手が輩出される理由は、高校生のうちに 「世界基準の物差し」 を持っているからに他ならない。
ハード×ソフト×組織。日本にいながら「欧州」を感じる場所へ
このスペインへのこだわりは、やがてハード面(施設)の変革をも呼び込んだ。 「世界基準のサッカーをするなら、世界基準の環境が必要だ」。その信念のもと、2013年には人工芝サッカー場、2017年には室内練習場が完成。 土のグラウンドから始まった挑戦は、20年の時を経て、施設(ハード)、指導法(ソフト)、そして育成組織(アカデミー)のすべてが揃う「育成の要塞」へと進化した。
鹿島学園にとってのスペイン遠征。それは単なる旅ではない。 地方の無名校が、世界を見据えて自己変革を続けた、25年間の挑戦の証なのである。


