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30歳で迎えた転機——ロングタームで選んだペットビジネスへの道
越村 義雄 2026/07/05
新卒で入社したNTTの海外コンサルティング会社での日々は非常に充実していましたが、30歳を迎えた時、人生の大きな転機が訪れました。
会社から「ナイジェリアに2年間駐在してくれ」と打診されたのです。
ちょうど子供が生まれたばかりのタイミングだったこともあり、私は自らのキャリアと家族のこれからについて深く考えさせられました。そして、これからは発展途上国だけでなく、先進諸国を舞台にしたビジネスにも挑戦してみたいという思いが強くなり、転職を決意したのです。
1978年、私は縁あって日本コルゲート・パルモリーブ株式会社(現・日本ヒルズ・コルゲート株式会社)に籍を移しました。外資系の消費者マーケティングに関する経験は全くありませんでしたが、面接を経て採用していただくことができました。当時の日本コルゲートは、歯磨き粉、ペットフード(ヒルズ)、そしてスポーツシューズ(ランニングシューズやゴルフシューズの「エトニック」やテニスシューズの「フレッドペリー」)という3つの異なるビジネスを展開しており、私はそれらすべての事業をサポートする役割を担うことになりました。
転職から数年が経った1985年、社内で大きな組織変更があり、事業部制へ移行することになりました。その際、上層部から「ペットフードとスポーツシューズ、どちらか片方の事業を選びなさい」と告げられたのです。
当時、世の中は空前のスポーツブームに沸いており、ダイワ精工さんが代理店を務めてくれていたスポーツシューズ事業は、すでに大きな売上を誇り順調に成長していました。一方のペットフード事業は、まだ組織としても市場としても非常に小さな存在でした。後輩社員たちは「大きなビジネスであるスポーツシューズをやらせてもらえるなら、むしろ嬉しい」と言っていましたが、私は迷うことなく、当時はまだ小さかったペットフード事業を選びました。
目先の華やかさや売上の大きさではなく、中長期的なポテンシャルを見たときに、これからは確実にペットビジネスが伸びるという確信があったからです。もし、あのときスポーツシューズを選んでいたら、後にコルゲートはその事業を売却したため、私は今のペット業界とは全く無関係の人生を歩んでいたはずです。会社の事業との出会いや選択が、その後の人間をいかに成長させるかの分かれ道になるかを、私は身をもって体験しました。
私が確信を持ってペットフード事業を選べた背景には、ブランドが持つ「ストーリー」と「大義」がありました。ヒルズの製品には、開発者であるマーク・モーリス博士が、腎臓病を患った愛犬「バディ」をなんとか助けたいという一心で、塩分やタンパク質を制限した特別なフードを開発したという歴史があります。博士はそのフードを定期的に製造してもらうためにヒルズ社に協力を仰ぎ、そこからすべてが始まりました。「動物のQOL(生活の質)を高める」という明確な大義とストーリーを持つブランドは、中長期的に必ず強くなる。そう直感し、大きな魅力を感じたのです。
振り返れば、大学の就職活動でNTTのグループ会社を選んだときもそうでした。華やかな産業ではありませんが、資源の少ない日本から海外の発展途上国へ赴き、通信設備がなくて困っている人たちを支援することに深い意義を感じていました。
「困っている人がいたら助けなくてはいけない」という姿勢は、幼少期に新潟で、町内会や親戚が困ったときにいつも救いの手を差し伸べていた両親の姿を見て育ったからこそ、自分の中に自然と根づいていたものだと思います。大学時代に商学部で学び、「ショートターム(短期)ではなくロングターム(長期)で投資と将来のリターンを考える」という視点を持てたことも、この選択を強く後押ししてくれました。エジソンが長い時間をかけて最終的に偉大な発明を成功させたように、人がまだやっていない分野でも、社会的な意義がありポテンシャルのある事業であれば、成功するまでやり続ける価値があると考えていたのです。
また、転職して間もない頃、当時の花王石鹸の丸田芳郎社長や佐川専務といった錚々(そうそう)たる方々と、コルゲートのトップが合弁会社(花王コルゲートオーラルプロダクツ)の打ち合わせをする場に同席させていただく機会がありました。資本金10億円を「5億円ずつ」出し合うというフィフティ・フィフティ(50:50)の出資で始まったビジネスでしたが、事業を進める中で双方の主張が平行線をたどり、話し合いがなかなか噛み合わない場面が度々ありました。どちらかのシェアや製品力が圧倒的ではない対等な関係だからこそ、お互いの主張を繰り返してしまい、完全な折半出資による事業運営というのは一筋縄ではいかないものなのだなと、若いながらに大変勉強になるリアルなビジネスの洗礼も受けさせていただきました。
就職活動のときには、自分が将来ペット事業に関わるなどとは夢にも思っていませんでしたが、幼少期に新潟の親戚の農家で牛や豚、鶏、そして犬などの多くの動物と触れ合って育った経験が、ここで不思議な縁となって繋がっていきます。大好きな動物たちの健康に貢献できるという新しい舞台に、私は大きな期待を胸に一歩を踏み出したのです。


