
「『正気の沙汰ではない』と言われた」赤字下の拠点...
8/2(土)
2025年
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ビジョナリー編集部 2025/07/29
1907年の創業以来、マーガリンや冷凍パイ生地といった業務用食材のパイオニアとして、日本の「食」を陰で支えてきたリボン食品株式会社。そのバトンを受け継いだのが、筏由加子代表取締役社長だ。一度は会社を離れ、海外での経験を経て家業へ戻ったという異色の経歴を持つ。同社が掲げる「理念なき理念経営」とは何を意味するのか。そして、B to C事業への挑戦に込めた思いとは。会社の伝統と革新を担う筏社長に、その経営哲学と今後のビジョンについて伺った。
私が家業に対する強い想いを抱くようになったのは、幼少期の経験が大きく影響しています。父は家にいる時間が短く、会社の雰囲気をまとって家に帰ってくることが多い人でしたが、父の口から事あるごとに聞かされていたのは「リボン食品の社員の皆を守らないといけない」という言葉でした。 「お前の骨も血も、親からできたものだけではない。全てリボン食品に関わってくれた人たちによってできたものなのだ」 と繰り返し言われ、自分の人生と家業は切っても切れない関係なのだと、自然に思うようになりました。
特に印象に残っているのが、8歳の時の家族会議です。父が大きな投資に踏み切る際、「この挑戦がうまくいかなければ、一気に奈落の底に落ちることもある。そうなった時に最初に守るのは社員で、家族はそのあとだ」という話をされました。その時「ホームレスになるかもしれない」と言われた怖さよりも先に「優先すべきはリボン食品の社員さんなのだ」と、子どもながらに強く刷り込まれたのを今でも覚えています。
その経験があったからこそ、いつも元気でパワフルな父が体調を崩して入院した時、「もし父がいなくなったら、誰が社員を守るのだろう」と、考えるようになりました。母や姉は会社に関わっていなかったので、「何かあった時のために少しでも会社のことを分かっている人がいたほうがいいのではないか」と思い始め、当時は後を継ぐという覚悟まではなかったものの、「もう少し会社のことを知る必要があるのではないか」と感じ、海外でのホテル勤務を経て、一度目の入社を決めたのです。
しかし、いざ入社してみると、私自身も若かったのと、継ぐつもりではなかったので、覚悟のようなものがありませんでした。「どんなものか見てみよう」という感じだったので、やはり社員の皆さんも「この人は継ぐ気があるのか」「この人についていくべきか」判断に迷うところがあったと思います。「社長の娘という立場でどう振る舞うべきか」「自分の与えられた役をどう演じるのか」と、ひどく葛藤しました。周囲からの評価も、全て「社長の娘だから」というフィルターがかかっているように感じて自信を失っていき、自分のアイデンティティがなくなった気がし、この時は再びアメリカへ渡ることにしました。
転機となったのは、そのアメリカでの経験です。当時はマーケティングとして勤務していましたが、通訳としても大手企業の役員会議に参加したり、世界各国の人々の働き方を目の当たりにしたりする中で、「リボン食品は捨てたものじゃない。もっとできることがあるのではないか」と感じるようになったのです。そんな折、当時の専務から「あなただったらできるから、帰ってきてほしい」と声をかけていただきました。あれだけ自信喪失していた頃の私を評価してくれたことが素直に嬉しかったですし、いろいろな会社、いろいろな働き方を見た中で、「他人の会社でこれだけ頑張れるなら、家業ならもっと頑張れるはずだ」という思いが湧き上がってきました。そして、自分の中で惑わされることなく「会社を継ぐ」という覚悟をしっかりと持って会社に戻ったので、今回は前の時よりも受け入れてもらうことができ、今に至っているのかなと思います。
現在、当社の事業の約9割はB to Bですが、近年はブラウニー専門店「ファットウィッチニューヨーク」など、B to C事業にも力を入れています。始めようと思ったきっかけは、社員の誇りになるようなことがしたい、という思いからでした。リボン食品の原料は本当に多くのところで使われているので、日本で生まれ育っていたら、誰もが絶対に一度は口にはしていると自負しています。しかし、B to B事業をやっているとあくまで当社は黒子の存在のため、働いている社員からすると、家族に「リボン食品で働いている」と言っても、「どこ、そこ?」「何それ?」といった反応が返ってきます。「この食品にも入っているし、あれにも入っているんだよ」と言っても、私たちの社名が商品に載っているわけではないので実感しづらい。私の母が昔から「リボン食品で働く人ってかわいそう。もっと社名が売れてたら誇りに思っただろうに。」とボソッと言うことが多く、それも幼い頃から脳裏に焼き付いていました。
B to C事業を手がけ、お店を持ち、製品の裏側に「製造者:リボン食品株式会社」と記載されれば、社員は自分の仕事を家族に胸を張って見せることができます。これが、私がB to C事業を始めたかった一番の理由です。
もちろん、それだけではありません。先ほど申し上げた通り、9割がB to B事業の中で、B to Bの先にはB to Cの一般のお客さまが存在する。このB to Cのお客さまを支える仕事をしている限りは、やっぱり最終的に商品を手に取るお客さまが何を求めているのか、どういう時に困って、どういうふうにしたらお役に立てるのか ということは、このB to Cを経験しないと分からないことがある、と考えたのです。 だからやはり、自分たちでB to C事業を手掛け、店舗を持ってみる。そして、嬉しいことも、大変なことも全て経験すると、「このタイミングで、この季節のものを、こう提案されたいのだな」というのが分かってきます。それにより、B to Bの質もまた上げられるのではないか。そういう意味でもB to Cを続けているところはあります。
私が専務だった頃、世間では理念経営がブームになっており、多くの書籍も出ていました。私も例にもれず父に「リボン食品も明文化された理念を作るべきだ」と提案したことがありました。しかし、父の答えは「そんなものは、全然リボン食品らしくない」というものでした。「リボン食品は中小企業で小回りが利く柔軟性で生き残ってきた。理念を明文化したら、型にはめてしまう」と。
私は先代の想いや伝統も大切だと考えています。父が頑なに作らないと決めたものを、流行っているからという理由だけで作るのは違う。 ただ一方で、いろいろな書籍を読み、理念経営の大切さについても理解を深めていく中で、リボン食品が大切にしていることをどれだけの社員が理解しているのかは知りたいと思いました。当社は、語り伝えていくところがあるので、それを記しておくことも大切だな、と、社内の様々な人に「リボン食品が大切にしていることは何?」とインタビューして回ったのです。すると、柔軟性や、ユニークさ、小回りが利くなど、驚いたことに皆が、同じようなことを語るのです。「なんだ、明文化された理念はないけれど、理念経営はちゃんとできている」と気づきました。
そこで私は、それらの言葉を無理に文章化するのではなく、キーワードとして散りばめることにしました。これは、枠にはめていくパズルのような理念ではなく、パーツを自由に組み立てて新たなものを創造できるレゴブロックのようなイメージです。使うパーツ(大切にする価値観)は決まっているけれど、どう組み立てるかは一人ひとりの自由だよ、と。Aさんの作ったレゴとBさんの作ったレゴを掛け合わせると、誰も全く予期しない、面白いものが生まれたり、もっと柔軟性が生まれるのではないかと思いました。現在では、何か新規事業を始める際に「この事業は、私たちの理念ワードに当てはまっていますか?」と問うようにしています。全てに当てはまらなくてもいいけれど、1つ、2つは当てはまっているかな、と確認してやっています。
創業から118年になりました。当社が大切にしているのは「伝統と革新」です。長く続くためには、新しいことだけに挑戦すればいいということではなく、これまで大切にしてきた伝統を大切にしつつ、変えるところは時代によって変えていくことが必要です。
長く働いている人は昔のやり方を続けたいと考えていることが多いので、変化するというのは、すごく大変なことです。 そのため、私が求める人物像は変化を恐れない人。変化に前向きな人で、成長し続ける人 です。現状維持ではなく、ポジションは同じでも、その中でも昨日より今日、成長することは絶対にできると思っています。
「変化を恐れず成長」ということを、常に意識して仕事に取り組める人材が欲しい。また、みながそういう人材であってほしいと思います。それが、会社が存続し続ける秘訣ではないかと思うのです。
まず、一人ひとりの社員を大切にすること。リボン食品では、毎月、誕生日の社員をお祝いする会を開き、私も参加しています。さらに一人ひとりにメッセージカードを書いて自宅へ贈ります。ご家族にも普段見られない仕事をしている姿を知っていただく機会になるからです。どんな言葉を贈ろうか考えて、去年と同じようなことしか浮かばないようであれば反省し、もっと交流を深めるようにしています。
また、理念ワードの重要性を、繰り返し伝え続けることが大切だと思っています。最近は、いろいろな方に「理念ワードの中で何が一番好きですか?」と聞くのが、私の中で流行っています。みんなそれぞれ好きなワードを言うので、「その理由は何ですか?」と、また聞くのです。
そして、数ある理念ワードの、それぞれの伝道師がいるとすごく良いと思っています。全員が全部の理念ワードの伝道師でなくてもいいのです。Aさんはユニーク担当、Bさんは柔軟性担当、Cさんは価値担当といった形です。
会社に勤めるとなると、自分の価値観と企業の価値観が合っている、という状態が一番働きやすいと思います。しかし、全てが合致するのは難しいので、リボン食品の理念ワードのこの部分と自分の価値観が合っているからこの会社で働いている、というふうになればいいと考えています。
このことを、未来の世代にもずっと伝え続けていきたいと思っているので、そうしたコミュニケーションで理念が広まり、チームとしての一体感が生まれているのではないかと思います。
2027年には創業120周年という大きな節目を迎えますが、特別な事業構想を掲げているわけではありません。私が大切にしたいのは、これまでと変わらず、時代に合わせて変化し続けながら、成長を止めないことに尽きます。
現状に満足することなく、明日をもっと良くするために、日々の業務をコツコツと積み重ねていく。よく「半歩先」を見てやろうと言います。一歩先は何も見えないけれど、半歩先であれば、霧がかっていてもシルエットは見える。少ないヒントでもしっかり目を凝らして掴んでいくのです。「ユニークというのは好奇心を磨くこと」だと思っています。常にお客様に寄り添い、好奇心を忘れずに、共に面白い未来を作っていく。これからも、その姿勢を貫いていきたいと考えています。その一環として、2025年の大阪・関西万博にも出展しました。会社の歴史にまた一つ、未来へ語り継がれるようなユニークな足跡を刻んでいければ嬉しいですね。