「ふえるわかめちゃん」だけじゃない——日本の“食...
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「炙りとろ」誕生の裏側と、他者の喜びと連鎖する自分の幸せ
木村 清 2026/09/29
今や全国のすし屋や回転寿司で当たり前の人気メニューとして並んでいる「炙(あぶ)りとろ」。実はこのメニューが世に誕生した背景には、現場でお客様から寄せられた切実なクレームと、それを解決しようとした現場での必死の試行錯誤がありました。
寿司店に寿司ネタを卸していた頃、当時の寿司店は、本マグロをお客様にお出しする際、握りは2貫ずつ提供するのが通例でした。するとここで、想定外のことが起きていました。お客様は、「一番いいものは最後に味わおう」と、最高級の大とろを愛おしむように最後まで取っておき、他のお寿司を食べ終わって一番最後に口へ運ばれることが多かったのです。
しかし、本マグロのとろは脂が非常に強いため、時間が経つと空気に触れて表面が乾き、脂が固まって旨味が逃げてしまいます。これでは、せっかくの大とろが最高の状態ではなくなってしまいます。そして、最後に召し上がろうとしたお客様から「これ、表面が乾いているじゃないか!」とお叱りを受け、返品になるということが起きました。
「脂が強いからこそ乾いてしまうのであって、決して品質が悪いわけではない。しかし、せっかく楽しみに残してくれたお客様に嫌な思いをさせてしまってはプロ失格だ。なんとかこの極上の脂を最高の状態で、美味しく味わってもらう方法はないだろうか……」
私は、たまたまそこにあった工事現場などで使われていたトーチランプを使って、握ったトロの表面へサッと強い熱を加えて脂を溶かし、「どうぞ!」とお出ししてみたのです。
表面を軽くひと炙りすることで乾燥は一瞬で消え去り、火で炙られたトロの香ばしい脂の香りが口いっぱいに広がります。返品どころか「こんなに美味いマグロは食べたことがない!」とお客さんは大絶賛。こうして「炙りとろ」という革新的なメニューが誕生したのです。のちに世田谷の古いすし屋の親父さんから「木村さん、あれは本当にあんたが最初に作ったのか」と聞かれ、炙りのノウハウを教えて驚かれたのも今ではいい思い出です。
机の上で難しく考えているだけでは、絶対にヒット商品など生まれません。「犬も歩けば棒に当たる」ということわざがありますが、私が現場を歩くと、アイデアが次々と向こうからぶつかってくるのです。現場で起きたトラブルやクレームから逃げず、「どうすればお客様に喜んでもらえるか」を愚直に突き詰める姿勢こそが、イノベーションを生む最大の源泉となるのです。
新メニューの開発やサービスの現場でも、私は常にスタッフに問いかけ、自分で考えさせます。
「セットメニューを一度に全部作って出すと、完成までにお客様を3分間待たせることになる。それなら、できた順にサラダやお茶を『はい、どうぞ』と最初に出し、食べ終わる絶妙なタイミングで握りを一つずつお出ししたほうが喜ばれるんじゃないかい?」
1回でまとめて運ぶほうが、お店側にとっては手間が省けて楽かもしれません。しかし、それは「自分が面倒くさい」という店側の勝手な我(=エゴ)に過ぎないのです。店側の都合ではなく、「お客様がどう感じるか」という相手の視点に立って考えること。自分勝手な都合を捨て、相手の喜ぶ姿を第一に想像して動くことが、結果としてお店の発展や自分自身の大きな成長へと返ってくるのです。
人間誰しも、自分自身の幸せを追い求める欲を持っています。しかし、弘法大師様が修行の末に自他共の救済を説いて生き仏となったように、「自分が幸せになりたい」という思いが、結果として「他者を幸せにすること」へと繋がっていく生き方こそが、人間として最も美しいあり方です。
お客様が喜んでくださり、行列を作ってくださるからこそ、私たちはお店を続けられる。他者の笑顔によって、私たちが「生かされている」のです。だからこそ、変に格好をつける必要はありません。自分の幸せのためにも、目の前の人に全力で喜んでもらう。
アイデアに行き詰まったら、ウジウジと悩み続けるのではなく、5分考えて出なければ「よし、寝よう!」とパッと切り替えて心身ともにリフレッシュする。悩み続けて疲れてしまっては、元気なアイデアなど湧いてきません。そして、今日入ったばかりの新人であっても、10年いるベテランであっても、分け隔てなく同じ目線で声をかけ、一緒に食事を囲んだりお酒を酌み交わしたりしながら本音で語り合う。コソコソと陰口を叩くような古参がいれば、自分からすっと懐に飛び込んでいって心を解きほぐす。
「若者の気持ちが分からない」と机の上で頭を抱える経営者や、現場を見ずに制度ばかり作る行政の役人に私がお伝えしたいことは、デスクワークを捨てて現場へ飛び出し、当たり前に当たっていけばいい、ということです。ありのままの自分で現場に立ち、人と向き合い、関わるすべての人とともに喜びを循環させていく。このシンプルな情熱を持ち続けることこそが、どんな時代にあっても事業を成長させ、幸せな人生を切り拓いていく確実な道なのです。


