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2026

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    「十人十色」の国に挑む——フランスでの工場増設を前倒しで完工させた、異文化理解のリーダーシップ

    「十人十色」の国に挑む——フランスでの工場増設を前倒しで完工させた、異文化理解のリーダーシップ

     アメリカの地で、現地の文化に深く潜り込み、仕組みを変えることで「燃える集団」を作るという大きなやりがいをつかんだ私は、その数年後、さらに難度の高い次なる試練へと挑むことになります。1996年、私はフランスのリヨンへと赴任しました。現地企業から買収したポリエステルフィルムの製造販売会社に、主力製品である“ルミラー”の新たな大規模生産工場を建設し、その立ち上げの指揮を執るためです。赴任前から周囲には、「米国での立ち上げ以上にタフな仕事になるだろう」と言われていましたが、私はアメリカで研ぎ澄ませた「現場主義」の思想が、ヨーロッパの地でも必ず通用するという確信を胸にリヨンの土を踏みました。

     当時、フランスに進出した多くの日系企業は、工場建設を現地の最大手ゼネコンに丸投げしていました。しかし、それでは詳細な工事計画や建設費用にまで本社の目が届かず、年単位で完工が遅れたり、予算を大幅に超過したりするケースがほとんどでした。そのような事態を避けるため、私はフランス国内の建設業者26社を自ら1社1社回り、東レの要望通りの工事ができるかを自分の目で確かめるという作業から始めました。現地では、「フランスのやり方を知らないのか」と何度も反発されましたが、私たちは自分たちの仕事の進め方を丁寧に説明して候補を絞り込み、地元の中堅建設業者を選定しました。派遣される予定の作業員全員と直接面談を行い、東レの意図を現場の末端にまで共有したのです。

     工事が始まってからは、日中は現場をくまなく歩いて進捗や設備の搬入状況を把握し、夕方からは翌日に各部署がやるべきことをまとめた明確な指示書を作成して徹底させました。進捗が前倒しになったときはよくやったとねぎらい、「でも、まだこういう工夫ができる余地があるね」と、さらなる効率化のやり方を付け加えることで、常に計画を前倒しする仕組みを作っていったのです。しかし、このプロジェクトを率いる中で、私はアメリカとは全く異なる、フランス人特有の極めて強烈な気質の壁に突き当たることになります。

     それは、新工場の壁や床、マシンの色といった工場の全体色彩を決める、初期の打ち合わせでのことでした。驚いたことに、出席した現地の担当者10人が、見事なまでに10人とも全く違う色やデザインを主張し、一向に話がまとまらないのです。床はグリーンがいい、天井は白でなければ疲れると持論を戦わせ、ようやく議論が収束したかと思えば、翌日にはまた別の人間が、よく考えたら、やはりこちらの青がいいとその結論を覆そうとして、同じ議論を何度も何度も蒸し返すのです。

     なぜこれほどまでに頑なに自説を譲らないのか、私はその原因を深く探ることにしました。フランスという社会の日常生活や歴史を観察していくと、そこには教育に根ざした独自の背景があることが分かりました。フランスでは、他人と同じ意見しか言わない人間は、自分の頭で物事をよく考えていない浅薄な人間だと見なされる文化があります。フランス革命を教訓として、誰かに盲目的に先導されるのではなく、一人ひとりが独自のアイデンティティを持ち、自分の意見を主張すべきだという思想が、幼少期の学校教育から徹底的に叩き込まれているのです。

     彼らの学校教育での宿題のあり方を聞いたときも、なるほどと膝を打ちました。現地に子供を連れて赴任したスタッフによると、学校で宿題をしてこなかった理由を問われたとき、単に忘れていましたと言っても、先生は決して許してくれないそうです。しかし、「夕べは親戚が急に訪ねてきて時間がなかったのです」とか、「お腹が痛くてどうしても集中できなかったのです」といった、自分なりの明確な言い訳を論理的に説明すると、先生は「そうか、それなら仕方がないね」と納得して帰してくれるというのです。何か理由や自分の意見を独自のロジックで主張すれば認められるという環境で育っているからこそ、工場の色一つ決めるのにも全員が異なる意見を言い、一度決まった方針であっても、後からよく考えたら、違うやり方をした方が良いと思うと主張を覆してくるわけです。

     日本の組織のように、長年の人間関係やあうんの呼吸、あるいは上司としての序列だけで力ずくで押さえつけようとしても、彼らは絶対に納得しません。こうしたフランス人の気質と向き合う中で、私は彼らのもう一つの明確な習性に気が付きました。それは、彼らが専門家や権威の意見に対して、それが極めて論理的で的を射た合理的なものであれば、個人のこだわりを捨てて非常に素直に納得するということです。

     打つべき手が分かれば、あとは実行するだけです。工場の色彩選びで行き詰まったときには、すぐに高名な産業心理学の専門家を呼び、どの色の組み合わせが労働環境の能率向上に最も望ましいかという見解を、精緻な透視図を交えて客観的に解説してもらいました。すると、あれほど好き勝手に自説を主張して曲げなかった担当者たちが、専門家が科学的にそう言うのならと、一瞬で全員納得して結論が出たのです。

     また、フィルムの静電気除去方法について、現地の設計担当者が一度合意した設計の変更を再び主張してきたときも同様でした。私は上から却下するのではなく、その分野で博士号を持つ東レの研究者を日本から直ちにフランスへ出向させました。そして、なぜ現在の設計がベストであるのかを、専門的な知見を交えて徹底的に議論させたのです。現地の担当者は「本社のご高名なドクターがそう言うのであれば……」と、今度は深く納得して当初の設計通りに仕事に戻ってくれました。私がいくら正しい理屈を語っても上司すなわちミスター日覺の言葉に過ぎませんが、博士が語ればドクター、つまり専門家の言葉になる。そのような社会の拠り所を理解し、専門家の力を正しく活用することが、彼らを動かす鍵だったのです。

     フランスという国は、ある意味では誰もが自分のビジョンを持つ芸術家に向いている社会なのだと思います。彼らの考え方の本質を深く理解し、納得して自発的に仕事に取り組んでもらうための客観的な拠り所を用意する。そうして徹底的な準備と対話を進めていった結果、日本人スタッフと現地従業員の相互理解と一体感が驚くほど強まりました。フランスでの工場建設は大幅な遅延と予算超過が一般的とされる中、新工場は予算内に収まっただけでなく、当初の計画を1週間前倒しして完工し、立派に稼働を開始したのです。異文化の壁に直面したときこそ、相手の文化を尊重し、その行動の原因を突き詰めて最適な手を打つ。これこそが、世界を舞台に勝利を収めるための現場主義の真価なのです。

    #東レ#東レ会長#現場主義#答えはすべて現場にある#企業共創#素材で社会を変える#日覺塾

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