「どうやってお客様を喜ばせ、驚かせようか」——伊...
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まず「人を好きになる」ことから ——対話と信頼で手繰り寄せる世界の平和と日本の未来
木村 清 2026/09/22
私がこれからの日本を背負っていく若い世代や、未来を創るすべての人々に対して、一番強く伝えたいメッセージがあります。
それは、誇りを持って「まず人を好きになりなさい」ということです。
現代の世界を見渡すと、国と国との分断が深まり、互いに疑心暗鬼となって対立や防衛費・軍備を強めていく悪循環が続いています。かつての第二次世界大戦の惨禍を忘れ、まるで再び惨劇への行進曲を踏み鳴らしているかのような世界情勢に対し、私は強い危機感を抱いています。「相手が反対しているから」「考え方が違うから」と最初から対話のドアを閉ざし、不信感を募らせていけば、昔なら簡単に渡れたはずの小さな川が、やがて誰一人として渡ることのできない大河となり、最後には取り返しのつかない悲劇的な戦争を引き起こしてしまいます。
資本主義や共産主義、あるいは自由主義や特定の思想・体制といった枠組みは、人間が時代ごとに作り出した考え方の違いに過ぎません。人間が生きる長い歴史の中で思想や体制などいくらでも変わり得るものであり、それにとらわれて目の前の「人間」そのものを嫌い、心を閉ざしてしまっては、真の平和や紛争解決など生まれるはずがないのです。
国境や体制、文化の違いを越えて、相手という人間を好きになり、真摯に向き合って対話を重ねていくこと——。これこそが、あらゆる不信と対立を乗り越える絶対の原点です。
私自身、世界100カ国以上をめぐり、国境を越えたビジネスや支援を行ってきましたが、常に「相手という人間を好きになり、一人の人間として誠意を尽くす」という姿勢を貫いてきました。
例えば、かつてソマリア沖で猛威を振るい、世界中から恐れられていたソマリアの海賊たちとの対話がそうでした。「海賊=悪」と決めつけて力で鎮圧しようとしても、根本的な解決にはなりません。彼らがなぜ海賊行為に走るのか。それは理不尽に自国の海を荒らされ、また生きる術を知らず、家族を養うための仕事がなかったからです。私は彼らのもとへ飛び込み、膝を突き合わせて話し合いました。「人を泣かせて手に入れたお金で子供にノートを買ってあげても喜ばない。それよりも、おいしい魚を獲って人から感謝される仕事をして、胸を張って子供たちを育てようじゃないか」と語りかけたのです。
彼らは涙を流して私の言葉に耳を傾けてくれました。私は、彼らにマグロ漁の技術を教え、漁船を用意すると同時に流通を整備し、獲れた魚を買い取る仕組みを作りました。彼らは元気に働く誇りある「漁師」へと生まれ変わり、海賊行為をしなくても生活できるようになったのです。
お金を寄付するだけの単なる支援(ODA)では人間は変わりません。自立するための仕組みを作り、相手の尊厳を守り、人として信頼関係を築き上げること。私自身が相手を尊重し、人として好きになろうと向き合ったからこそ、民間外交の力で地域の平和と安定を手繰り寄せることができたのだと確信しています。
相手を最初から「理解不能な敵」と決めつけ、対話を放棄して力や軍備だけで対抗しようとする姿勢からは、悲しみと憎しみしか生まれません。過去の歴史の傷跡や考え方の違いを無用にほじくり返して対立を煽るのではなく、今これからの未来に向けて「どうすれば互いに傷つけ合わず、共に豊かになっていけるのか」を真剣に模索することこそが、真のリーダーの務めであるはずです。
日本人は昔から、互いを思いやり、秩序を守り、天災が起きたとしても暴動を起こすこともなく助け合ってきた極めて素晴らしい精神性を持っています。コロナ禍においても東日本大震災の時であっても、支え合い、他者を尊重してきたこの美しい心は世界に誇るべきものです。だからこそ、日本人はその優れた平和の精神を持って、世界に向かって「武器はいらない、まずは対話をしよう」と胸を張って発信していくべきなのです。
食を通じて世界に笑顔を届けてきた私の歩みも、すべてのイノベーションも、「人を好きになり、人を信頼する」というシンプルな情熱から始まっています。人を泣かせて得た利益や、力で勝ち取った勝利など何の意味もありません。
若い皆さんには、目先の対立やメディアの決めつけに惑わされることなく、国境と文化を越えて「人を好きになる心」を持って生きていってほしいと切に願います。一人ひとりが誰かを好きになり、相手を尊重して信頼の和を広げていくこと。その温かい広がりの先にこそ、私たちが目指すべき真の平和と希望に満ちた未来が待っているのです。


