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2026

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    「問題が難しいほど、闘志が湧いてくる」——「現場主義」の真価が現れた瞬間

    「問題が難しいほど、闘志が湧いてくる」——「現場主義」の真価が現れた瞬間

     私がこれまでの長いキャリアの中で「最も強いやりがいを感じた瞬間」はどこかと問われれば、それはやはり、「答えは全て現場にある」という私の「現場主義」の原点となった、いくつかの建設・立ち上げプロジェクトの現場が挙げられます。

     世の中には、何か問題が起きると一般論や時流の考え方で手っ取り早く解決しようとする人が得てして多いものですが、私はそうした姿勢を頑なに排してきました。現場や現実を正確に押さえないまま、机の上だけで対策をひねり出しても、それは単なる「対策先行」であって、誰のためにもならない時間の浪費に終わるからです。

     それは国内の現場であっても、言葉も文化も違う海外の現場であっても、本質は全く同じです。かつて国内の岐阜工場でポリエステルフィルム“ルミラー”の生産設備を立ち上げた際、私たちは試運転開始からわずか一週間で製品出荷までもっていくという「垂直立ち上げ」を達成しました。

     また、別の工場で大きな設備トラブルが発生した際には、現場の部屋に「類似作業のマニュアルを新たに100個作りました」と、形ばかりの再発防止策が誇らしげに掲げられているのを目にしました。

     しかし私は、その場にいた幹部たちに、「なぜ既存の1つのマニュアル通りにできなかったのか」「本質的な原因はどこにあるんだ」と問いただしました。原因の究明がないまま書類を何百個増やしたところで、余計に現場を見なくなり組織を疲弊させるだけです。

     厳しい課題に直面したときこそ、まずは徹底的に現状を把握し、データを分析して本質原因を突き止める。原因さえ分かれば、解決策は自動的に決まります。計画通りにいかない難しい問題、大きな問題であるほど、私の中に「よし、やってやろう」という闘志と使命感が強く湧き上がってくるのです。

     この現場主義を、国内外を問わない普遍的な確信へと昇華させることになった最大の試練が、1989年、私が40歳のときに着任した米国ロードアイランド州でのルミラー新工場建設と生産立ち上げという初の海外大型プロジェクトでした。当時はビデオテープの激しい規格競争の真っ只中にあり、ルミラーの需要が爆発的に拡大していました。東レにとっても米国市場の成否を握る最重要拠点であり、私には工期厳守の絶対命題が課せられていました。

     しかし、いざスタートすると工事のスケジュールは遅れ始めました。現場の隅々まで実態を観察し、作業状況を詳細に分析したところ、最大の原因は労働組合(ユニオン)に所属する現地の建設作業員たちの実働時間が、当初取り決めたはずの労働時間よりも大幅に短くなっていました。米国では通勤時間なども労働時間としてカウントされるため、実働時間はこちらが考えていたよりも短いことがわかりました。さらに、職種ごとに別々の組合が存在し、違う組合の作業員とは同じ時間帯に同じ職場で作業をしないという暗黙のルールまで存在し、これらの決まりごとが工事の能率を著しく低下させていたのです。

     周囲からは、米国での組合交渉は極めてデリケートなため、専門の弁護士を通すべきだという強い慎重論が上がりました。しかし、私は弁護士任せの空理空論では現場は動かないと確信し、自ら直接、各組合の代表者たちと向き合う交渉の席に着きました。

     そして、徹底的な観察によって得られた現状分析のデータをありのままに示し、こちらが想定する実働時間を確保した上での契約とすることを誠実に呼びかけました。私の真意と現場の実態を正確に理解した代表者たちは、自ら組合内での改善に動き始め、現場のアスベスト問題などの数々の突発的な課題をも乗り越え、最終的に予定通り2年6カ月という期間内に建設工事を完遂させることができました。

     しかし、本当の戦いは工場が稼働した後に待っていました。生産開始直後、現場では幾度となく設備トラブルが発生したため、私は日本での経験をもとに改善策を提示したのですが、現地の従業員たちは一向に動こうとしません。確認すると、米国には同一労働同一賃金の原則が根底にあり、従業員たちは仕事とはマニュアルに書かれていることを忠実にこなすものと考えていたのです。マニュアルに記載のない工程改善やトラブル解消は自分たちの領分ではなく、専門家であるエンジニアの仕事だという硬直化した線引きがありました。

     そこで私は彼らの意識を変えるため、日本から勤続40年を超えるベテラン技能者を呼び、現場で熟練の技を直接指導させました。ところが、現地の従業員たちは、日本から来たベテランは私たちが半年程度でマニュアル通りにできるようになった仕事を40年も続けているのか、と冷ややかな受け止め方をし、現場はしらけた雰囲気に包まれてしまったのです。マニュアル以上の行動を求めても、本人に何のメリットもない環境では誰も自発的には動かないという、文化の壁を痛感した瞬間でした。

     私はすぐに方針を切り替え、仕組みそのものを変えることを考えました。資格ごとに必要なスキルを明確に定義し、スキルが上達して試験に合格すれば、確実に昇格して賃金が上がるという、従業員のメリットに直結する自発的な人事制度を導入したのです。すると、従業員が自ら進んで学習し、業務改善に取り組む姿勢が見られるようになりました。この機運を一気に高めるため、私はアメリカ人の部下たちと相談し、一見無謀とも思える『60日間、ライン停止ゼロ』という明確な目標を設定しました。60日間ゼロであれば、ある月が『月間のライン停止ゼロ』になるからです。目標が定まった瞬間に、一丸となって燃える集団になるのが彼らの素晴らしい性質です。工場のあちらこちらで、従業員自らがトラブルゼロ継続日数を掲げ、途中でトラブルが起きても、今度は自分たちで必死に原因を分析して乗り越えるようになりました。

     結果として、目標設定から半年あまりで、私たちは見事に『月間停止ゼロ』を達成しました。達成祝いの食事会で、お互いの労をねぎらい合ったときの彼らの誇らしげな笑顔は、今でも私の胸に深く刻まれています。

     当時、共に戦った現地の従業員たちは、後にあの激動の日々を振り返り、「あのときのメンバーは、最高のドリームチームだった」と、今でも懐かしく語り合っています。世の中に、常に良い時期ばかりが続くこともなければ、常に悪い時期ばかりが続くこともありません。

     現状把握と分析を徹底し、本質原因を究明してやるべきことをやる。この現場主義の徹底こそが、国境や文化の壁をも越えて組織を一つにし、誰もが自分ごととして爆発的な力を発揮する強靭な集団を作るための、真のリーダーシップの原点なのです。

    #東レ#東レ会長#現場主義#答えはすべて現場にある#企業共創#素材で社会を変える#日覺塾

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