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ダメな人間など一人もいない ——母の「井戸とロープ」の教えと、伸びる人の育て方
木村 清 2026/09/24
組織を創り、事業を成長させていく上で、経営者にとって何よりの宝であり絶対に必要なのが「人」との巡り合いです。「すしざんまい」のような大きな組織であっても、始まりは目の前にいる一人ひとりとの出会いからスタートします。パートタイムで働いてくださる方々から第一線のすし職人、本部を支えるスタッフに至るまで、どのような縁で出逢った人であっても、私は常に全員と「平等」にお付き合いすることを徹底してきました。
経営を続けていると、現場の店長や幹部から「社長、このスタッフは要領が悪くて仕事が覚えられず、失敗ばかりです。もう3回も注意しました。辞めてもらいます」と見限られそうになる従業員が出てくることがあります。
しかし、私はそこで「ちょっと待ちなさい」と彼らを止め、その従業員と直接20~30分、膝を突き合わせてじっくり話をします。すると、それまで心を閉ざしていた彼らはコロッと変わるのです。
話を聞いてみれば、その人がなぜつまずいているのか、どういう不器用さや悩みを抱えているのか、そしてどんな想いで現場に立っているのかが手に取るように見えてきます。本人の可能性を信じ、心に小さな情熱の火を点してあげると、それまで「自分は仕事ができないダメな人間だ」と諦めかけていた人間が、見違えるような生き生きとした顔つきになって輝き始めるのです。
最初から要領良く、器用に何でもこなせる人ばかりが素晴らしいわけではありません。むしろ、最初は不器用で失敗や間違いを繰り返し、周りから「使えない」と叩かれながらも、愚直に一生懸命努力を重ねる人間のほうが、後になって想像を超える大きな成長を遂げることが多いのです。
能力が追いつかないなら、人より30分早く出社して店内や調理場を綺麗に掃除し、準備を整えてからスタートすればいい。そうやって泥臭く努力する姿勢は、やがて周りの仲間やお客様からの深い信頼へと変わっていきます。かつて店長たちから「もう3回クビだと言った、早く辞めさせてほしい」と言われていたホールの女の子が、私の対話をきっかけに劇的に変わり、今や20店舗以上を束ねる優秀なリーダーへと成長したり、最初は何もできなかった若者が店長や仕入れの責任者として世界へ飛躍していったりした例は、社内にいくつもあります。20代でお弁当事業をやっていた頃も、最初はオドオドしていた年配のパートのおばちゃんたちが、私の言葉一つで顔つきを変え、お店になくてはならない強力な戦力になってくれたものでした。
最初からダメな人間など一人もいません。やる気を引き出し、その人の強みを開花させてあげることがリーダーの役割であり、人の成長を見守ること以上に経営者としての醍醐味はありません。
こうした「誰に対しても分け隔てなく、平等に接する」という私の姿勢は、貧しい幼少期に母から教え込まれた忘れられない言葉が原点にあります。
「清、言うことを聞かない人や、周りから変だと言われている人であっても、お前の周りにいる人にはみんな平等に親しく接しておきなさい。お前がもし一人で深い井戸の底に落ちてしまった時、誰がロープを投げて助けてくれるか分からないんだよ。普段親しくしている人が助けてくれるとは限らない。誰も見ていない時、たまたま通りかかった人がロープを投げてくれて命拾いするかもしれないんだからね」
人間は誰に生かされ、いつ何時、誰に助けられるか分かりません。目先の損得や立場、うわべの能力だけで人を差別したり、切り捨てたりしては絶対にならないのです。
この母の教えがあるからこそ、「すしざんまい」の社内には昔も今も特定の「派閥」のようなものは存在しません。誰もが同じ目線で、フラットに意見を言い合い、力を合わせられる環境を作っているからです。過去には調理学校の先生からの紹介で入社しながら、裏でコソコソと派閥を作り、自分の利益のために動いて会社を去っていった者もいましたが、そうした策士は結局自分の策に溺れて自滅していくだけです。正々堂々と全員で高め合える土壌こそが、組織の健全さを保つ秘訣です。
机の上の理論や経験もせず評論ばかりを口にするのではなく、自ら現場に出て傷を負い、人と向き合いながら数々の修羅場を乗り越えていく。失敗して痛い思いも、成功して嬉しい思いもすべて心に刻みながら、仲間とともに諦めずに前へ進む。人との一期一会の縁を大切にし、人を信じて育てる情熱がある限り、会社も人もどこまでも強く、大きく成長していくことができるのです。


