「最初の3年は頭を横に置け」——JACリクルート...
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指示では人は動かない。自発性を引き出す対話と人事評価から切り離した「キャリアシート」の真価
日覺 昭廣 2026/06/29
リーダーシップの本質とは何か、そして人材育成において何が最も大切なのか。多くの人が「強力な統率力で部下に指示や命令を出し、組織を引っ張ること」がリーダーの役割だと誤解しています。しかし、私に言わせれば、ただ上から「あれをやれ、これをやれ」と一方的に指示を出すだけの人間を真のリーダーとは呼べません。
リーダーにとって最も重要なことは、部下の声に「徹底的に耳を傾け」、彼らが何を考え、どのように取り組もうとしているのかを深く理解することです。たとえ課題解決の局面で部下との意見の食い違いが生じたとしても、そこで立場や権力に任せて自説を押しつけるような真似は絶対にしてはいけません。
私が長年努めて実践してきたのは、意見が対立したときほど、徹底的な議論を通じて相手の納得と理解を促し、あえてその場では結論を出さずに一度持ち帰らせるという手法です。そうして1週間後や2週間後に再び席を設けると、不思議と部下の側から「よく考えたら、やはりこう進めるべきだと思います」と、こちらの真意を咀嚼した上で、自発的な提案を持ってきてくれるようになります。このように、部下が自ら気づき、納得して、自律的に動き出してくれる姿を目にすることこそが、私にとって人材育成における最大の喜びであり、最も嬉しかった社員の成長の瞬間です。
もしリーダーが「俺の言う通りにしろ」というような指示だけで物事を進めてしまえば、部下は自らの頭を使って考えなくなってしまいます。ビジネスにおいて、最初から最後までスムーズにいく仕事など存在しません。指示通りに動かされただけの人間は、途中で予期せぬ問題が発生したときに「これは上司から言われた通りにやっただけだから、私に責任はない」と思考を放棄し、本質的な原因究明に動こうとはしないのです。
逆に、自分でとことん考え抜き、納得した上で「自分ごと」としてスタートした仕事であれば、壁にぶつかったときにも必死になって原因を突き止め、自発的に対応策をひねり出すようになります。仕事の成功率を上げるためにも、そして何より本人をビジネスパーソンとして大きく成長させるためにも、指示で縛るのではなく、納得と自発性を引き出すアプローチが不可欠なのです。
この「納得と自発性」を具体的な仕組みとして社内に定着させるために、私が自ら考案し導入したのが、東レ独自の「キャリアシート」を活用した人材育成制度です。
キャリアシートの基本は、自らの現状を客観的に見つめ直す「自己評価」と「自己分析」にあります。例えば、ある職務を全うするためにはどのような知識が必要で、どのような経験を積むべきかを明文化したシートを用意します。これに対し、社員自身が「自分はまだこの経験が足りていない」「この知識が欠けている」といった現状をありのままに書き出します。その上で、あるべき姿に到達するための道筋として、次にどのような研修を受け、どのような業務に挑戦してみたいかを自分で考え、未来の計画を組み立てていく仕組みです。
この仕組みを運用するにあたり、私が人事勤労部門に対して厳格に命じた鉄則が、「このキャリアシートは、昇進や給与を決める人事評価には絶対に連動させてはならない」ということでした。
人間誰しも、自己評価がそのまま人事評価に直結するとなれば、自分の足りないところや弱点を素直にさらけ出すことなど絶対にしません。少しでも自分を良く見せようと体裁を整え、本音を隠してしまうでしょう。それでは正確な現状把握ができず、本人の能力改善も到底期待できません。
人事評価はそれとして厳正に別枠で行う。キャリアシートはあくまで「将来に向けて自分の能力を高め、成長していくための純粋な育成ツール」として位置づけ、上司と部下がざっくばらんに将来を語り合うためのものにする必要があったのです。
しかし、このキャリアシートを真の意味で組織へ定着させるのには大変な苦労を伴いました。多くの管理職たちが、どうしてもこれまでの伝統的な人事評価と混同してしまい、制度の本質を見失いがちだったからです。リーダー側の意識を根底から変えなければ、形だけの書類が作成されるだけで、肝心の上司と部下の密度の濃い対話が行われないまま放置されてしまいます。私は常に現場と管理職の双方から運用の実態を注意深く聴き取り、形骸化の兆しがあればその都度厳しく軌道修正を求めました。
人材育成こそが、企業の未来を創る最も重要な課題です。部下に本音を語らせ、自分の弱みを克服して一歩上のステージを目指したいと思わせるためには、リーダー自身が対話の重要性を理解しなければなりません。自分で考え、自分で行動する強い当事者意識を持った人間が集結してこそ、いかなる時代の変化にも揺らぐことのない「強い東レ集団」が実現するのだと、私は確信しています。


