「最初の3年は頭を横に置け」——JACリクルート...
SHARE
危機を契機に総力を結集する——組織が強くなる瞬間と「備えあれば憂いなし」の鉄則
日覺 昭廣 2026/06/28
これまでの長い経営の歩みの中で、「組織が真に強くなる瞬間とはいつか」と問われれば、私は迷わず「未曾有の危機や困難に直面し、全員が痛烈な危機感を共有したときだ」と答えます。リーマンショックや東日本大震災をはじめ、企業は時に厳しい逆境に立たされます。しかし、平時では考えられないほどのそうした試練こそが、むしろ組織の一体感を飛躍的に高め、ベクトルを一つにして会社を急速に成長させる絶好の契機となるのです。
その最たる実例が、以前も述べた2008年のリーマンショック後に断行した、全社を挙げたコスト削減プロジェクトでした。当時、経営企画室長だった私は、過去のコスト推移やあらゆるデータを徹底的に分析した結果、2年間で1,000億円という大きな削減目標を弾き出しました。この計画を打ち出したとき、当時の前田名誉会長は「日覺、本当に大丈夫か」と、私の身を本気で心配してくださいました。もし未達に終われば、次期社長の線が危うくなると危惧されたのでしょう。しかし、緻密な分析の裏付けがあった私は「大丈夫です、やり抜きます」と答え、総力を結集してプロジェクトを始動させました。
結果として、初年度だけで目標を大きく超える820億円もの削減を達成しました。このとき、全社に一貫して共有されていたのは、「やらなければ東レは生き残れない」という強烈な危機感でした。この危機感が浸透していたからこそ、すべての部門が一致団結し、平時なら反対の声が出るような聖域にまで踏み込むことができたのです。「一丸となったときの東レの力は凄い」と、私自身も凄まじい組織の底力を実感した瞬間でした。
さらに、このコスト削減は縮小するためではなく、次なる成長への体力を蓄えるための布石でした。プロジェクトの2年目には、比例費の削減は継続しつつ、次なる事業拡大を見据えた投資を増やすなど、強靭になった体質をもとに次の成長拡大へ迅速に舵を切ることができたのです。
また、こうした「危機の共有」と「徹底した事前分析」によって組織が劇的に強くなった事例は、以前もお話しした1996年のフランスでのポリエステルフィルム“ルミラー”工場増設プロジェクトにも通底しています。フランスでの工場建設は、アメリカでの経験と比較しても遥かに難易度が高く、次から次へと予期せぬ問題が噴出する修羅場の連続でした。日本からの応援者も含め、スタッフたちは経験したことのない過酷な境遇に苦しみ、私のところには連日のように担当者たちから切実な相談が寄せられました。
しかし、私たちはそこでひるむことなく、全員で膝を突き合わせて徹底的に話し合い、ベクトルを合わせていきました。例えば、現地の従業員たちが途中で勝手に仕様を変えて物事が決まらなくなる事態を防ぐため、通常の何倍にもあたる約300枚もの膨大な詳細設計図をはじめから用意したのです。いくら現場から「このスペックのエレベーターのほうがいい」と主張されても、「すでにこの仕様で契約しているのだから、これでやってくれ」と理路整然と押し戻せるだけの、徹底的な「備え」を構築しました。
全員が危機意識を持ち、徹底した事前準備のもとで一致団結して手を打っていった結果、苦しんでいた現場はいつしか凄まじい推進力を発揮し始めました。フランスでの建設は予算超過と遅延が常識とされる中、建設費は予算内に抑え、工期は計画比前倒しで完工させるという成果を上げることになったのです。
これらはまさに、「備えあれば憂いなし」を真に組織全体で実践した結果にほかなりません。根拠のない楽観論を排し、冷静な分析に基づいた詳細な計画を立て、全員が一丸となって実行に移す。目の前の逆境を試練と捉えて成長のチャンスへと変え、一致団結して突き進むプロセスを経験してこそ、組織は二度と揺らぐことのない本物の強さを手に入れることができるのです。


