「完成させず、アップデートし続ける」――三谷産業...
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知恵は「遊びの工夫」から生まれる 創造力を養う実体験の価値
野本弘文 2026/05/03
幼少期を振り返って、何かに「没頭」した経験があるかと問われれば、それは特定の習い事などではなく、身近な材料を使った「ものづくり」であったように思います。実家は酒屋と果物屋を営んでおりましたので、当時はみかんやリンゴを運ぶための木箱が山のようにありました。その木箱を壊して出た端材こそが、私にとって最高の遊び道具だったのです。
私の父は、「お客さまは三年もすれば飽きるものだ」という考えから、頻繁に店の模様替えをする人でした。近所の大工さんがしょっちゅう出入りし、棚を直したりショーウィンドウのレイアウトを替えたりする姿を、私は日常の一部として眺めて育ちました。見よう見まねで端材を削り、木の飛行機や船を作ってみる。そうした経験が、私の「お客さまを飽きさせないようにする」や「知恵を出して形にする」という習慣の原点になったのだと感じています。
なかでも忘れられないのが、中学二年生の頃に夢中になった、梶原一騎原作の劇画『空手バカ一代』の影響です。主人公の大山倍達(おおやま ますたつ 実在の空手家。極真空手創始者)が鉄下駄を履いて特訓し、足腰を鍛えている描写を見て、「自分も強くなりたい」と強く憧れました。しかし、中学生が鉄下駄を手に入れるのは容易ではありません。そこで考えたのが、大工さんの仕事を見て学んだ「モルタル」を使って、自分で下駄を作ることでした。
みかん箱の木材で「型枠」を組み、そこに練ったモルタルを流し込み、鼻緒をつけて固める。今にして思えば、土木工事における「型枠工法」そのものです。完成したコンクリート製の下駄は、重すぎてまともに歩くことすらできませんでしたが(笑)、自分なりに工夫して「無いものを形にする」プロセスそのものが、たまらなく楽しかったのです。
山や川へ行けば、年上のお兄さんたちに教わりながら、縄梯子(なわばしご)を編んだり、映画や漫画に出てくる仕掛けを自分たちでも真似てみたりして、「秘密基地」を作りました。こうした遊びを通じて、「どうすれば実現できるか」と知恵を絞り、工夫を重ね形にすることが楽しく、結果、自然と身についていきました。
このような幼少期の原体験は、現在の仕事にも直結しています。再開発などの現場をパッと見た瞬間に、「こうすればもっと良くなるのではないか」「なぜこのやり方に縛られているのか」といった工夫が次々と湧いてくるのは、決して天性のものではありません。幼い頃に五感を使って試行錯誤し、応用を効かせる経験を積んできたからではと、感じております。
今の日本は、教育の無償化など「コスト」の議論に終始しがちですが、私はむしろ、子どもたちが都会を離れて地方の自然に触れ、自分の手で何かを作り出すような「実体験」にこそ、もっと公的な投資をすべきではないかと考えております。言われたことだけをこなすのではなく、自ら工夫し、困難を乗り越える知恵を育むこと。それこそが、将来の日本を支える真の教育であり、次世代に受け継ぐべき資産ではないでしょうか。


