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「生かされている会社」から「自ら生きる会社」へ――古河電気工業を変革した、「嫌われる勇気」と「恕(じょ)」のリーダーシップ
ビジョナリー編集部 2026/05/25
1884年創業、日本の社会基盤を支え続けてきた名門企業・古河電気工業株式会社。長い歴史を持つがゆえに陥っていた「現状肯定」と「プロダクトアウト」の壁を打ち破り、真のマーケットイン組織へと変革を導いたのが小林敬一取締役会長だ。
「生かされている会社」から「自ら生きる会社」へ。その信念の裏には、若き日の挫折、現場の職人たちに教えられた仕事の原点、そして「嫌われる勇気」をもって挑んだ赤字事業再建の泥臭い経験があった。不確実性の時代において、企業が「社会になくてはならない存在」であり続けるための哲学と、次世代のリーダーたちへ向けた熱いメッセージを伺った。
恩師の言葉で導かれたモノづくりの道。現場の汗に学んだ「全員が主役」
ご自身の学生時代の経験や古河電工に入社された経緯、そして若手時代の原点について教えてください。
大学ではアメリカンフットボールに打ち込みました。しかし、大怪我をして選手生命が絶たれてしまいました。その時、ヘッドコーチから「お前の将来は保証できないから大学院に行け」と諭されました。怪我で自暴自棄になりかけた私を、チームの仲間はマネージャーとして迎え入れてくれました。この時に学んだ「上は下を守る」「仲間の絆」「目標に向けて一枚岩で挑戦する」というマインドが、私のリーダーシップの土台になっています。
その後、銅が溶けたときの美しい色に魅了され、研究室の門を叩きました。猛勉強の末になんとか大学院に進み、論文賞を4ついただくほど研究に没頭しましたが、恩師の雄谷先生から 「お前は学者じゃない。実業だ。会社に行け」 と言われ、半ば強引に古河電工の面接に連れて行かれたのが、入社のきっかけです。
恩師からは社会人になるにあたり、3つの言葉を授かりました。「白珪尚可磨(はっけいなおみがくべし=光り輝く可能性を持っていても謙虚に磨き続けよ)」「処世に公平たれ(人を見て態度を変えるな)」、そして「『ハイ』が速い(即答は何も考えていないと思われるため、一拍置いてから返事をしなさい)」という教えです。
入社後、工場に配属された私は、現場の第一線の方々に徹底的に仕事を仕込んでもらいました。現場の汗があるからこそ、我々は研究費を使え、挑戦ができる。その感謝とリスペクトから、 「全員が主役」「現場の皆の笑顔を守る」 ことが私の信条となりました。どんな立場になっても、この「処世に公平たれ」という教えは私の血肉となっています。また、課長時代には仕事に没頭しすぎて心身症の一歩手前まで追い込まれましたが、当時の工場長に勧められて始めた川釣りを通じて「オフを作ることの重要性」も学びました。
「最も嫌われる男になれ」。赤字事業部で見つけた「下から支える」リーダーシップ
その後、リーマンショックの時期には本社で原価低減推進部長を務められ、さらに赤字だった巻線事業部の再建も担われたと聞いています。
リーマンショック後、本社の原価低減推進部長を拝命した際、当時の会長から 「古河電工グループで最も嫌われる男になれ」 と厳命を受けました。買い方、作り方、売り方、運び方、持ち方などあらゆる工程を見直し、無駄を削ぎ落とす役割です。しかし、モノづくり屋にとって設備が回っている(製品を作り続けている)ことは喜びです。「利益が出なくても設備を回したい」という現場の気持ちが痛いほど分かるからこそ、冷徹に「止めてください」と言うのは非常に辛い経験でした。その際、私は「嫌われる勇気」を持ちつつも、相手の思いに寄り添う「恕(じょ)」の精神を大切にしました。全体最適のために本気で言っているのだと分かってもらうために、対話を繰り返したのです。
その後、毎月赤字を出していた巻線事業部の事業部長に就任しました。現場は非常に結束が固く、本社からの落下傘である私は完全に四面楚歌でした。現場を見て気づいたのは、皆が現状を肯定し、自己満足に陥っていることでした。 「皆さんは、お客様のニーズの奴隷、そして稼働率の奴隷になっています。ここから脱却しましょう」 と伝えました。
利益の出ない商品はすべて受注をやめると宣言し、お客様と本気で向き合って値上げを認めていただいた結果、事業は黒字化しました。それがとても嬉しく、個人のお金で「挑戦」という焼き印を入れた黒あんのどら焼きを作り、全員に配りました。
この経験を通じて、私のリーダーシップの在り方は大きく変わりました。それまでは先頭に立って旗を振り、皆を引っ張るスタイルでしたが、皆が主役として活躍できる安全・安心な土俵を下から支え、落ちそうな時やいざという時だけ前に出る「自己変容型」のリーダーシップ を強く意識して行動するようになりました。
「生かされている会社」から「自ら生きる会社」へ。創業の精神に立ち返る
社長に就任されてからは、会社全体に新しい「ものさし」を導入し、大きな意識改革を断行されました。どのような想いがあったのでしょうか。
社長就任にあたり、創業家当主から 「歴史を紡(つむ)げ」「自分の承認欲求のために仕事をするな」 とお言葉をいただきました。そして、古河グループの祖・古河市兵衛が残した「従業員を大切にせよ、お客様を大切にせよ、新技術を大切にせよ、そして社会に役立つことをせよ」という三大切の教えに立ち返りました。
当時の古河電工は、良いモノを作れば売れるというプロダクトアウトの思考に陥り、製造責任や供給責任という言葉の下、設備を回すことで 「生かされている会社」 になっていました。これを、お客様の真のニーズを直接聞いてモノづくりに生かすマーケットインの思考を持ち、付加価値を認めていただける 「自らの力で生きる会社」 に変えなければならないと強く感じたのです。
そこで、 「社会課題解決になくてはならない会社になる」 という考えを打ち出し、若手メンバーと将来を徹底的に予測する中で、既存の社会インフラを支えるだけではなく、特に情報・エネルギー・モビリティの分野において当社の強みを生かし、未来の社会インフラの制約を外すための技術開発に大きく舵を切るビジョン2030を策定しました。
変革の初期は莫大な先行投資・開発費が必要で利益が出ず新型コロナの影響もあり、本当に苦しい時期が続きました。SNSで厳しい言葉を書き込まれたこともあります。目先の利益を出して「社長として認められたい」という承認欲求に負けそうになった時、私を支えてくれたのは「この投資・開発をやめないでください。腹を括ってください」と直言してくれ、ビジョンを共に作った若手役員や部下たちでした。私たちが腹を括って蒔いた種を、今の優秀なメンバーたちがしっかりと育て、花を咲かせてくれています。
「正しいと思うことを執念で進め、恕の心を忘れない」
最後に、これからの時代を担う若いビジネスパーソンやリーダーに向けて、メッセージをお願いします。
一番お伝えしたいのは、自分が正しいと思うことを執念を持って進めてほしい ということです。そして同時に、相手の立場に立って考える「恕の心」を絶対に忘れないでください。 部下や仲間が「自分には居場所がある」と感じられる環境を作ることが、自信と笑顔を生み出し、結果としてチームで戦う力になります。
また、日々のコミュニケーションにおいて「無意識の行動」に気をつけることも重要です。例えば、「質問の語尾に気をつける」こと。「〜だと思うだろう?」と聞けば、相手は「はい」としか言えません。「これについて意見を聞かせてほしい」と、相手が自由に話せる語尾を意識することが大切です。そして「小林を裸の王様にしないでくれ」と言ってくれた仲間の存在は、本当にありがたいものでした。ぜひ、こうしたことを直言してくれる人を大切にしてください。
そして、役職に就いた方には 「上司という言葉は『上を使う』と書くんだよ」 と伝えています。自分が偉くなるのではなく、目的を達成するために上の立場の人材やリソースをうまく使いこなす。そうした意識を持つことで、組織の風通しは格段に良くなります。
失敗を恐れる必要はありません。失敗は(成長のための)「栄養」です。 好奇心を持ち、アンテナを高く張りながら、変化を恐れずに挑戦し続けてください。不確実性の高い今の時代、我々のような素材・インフラ企業は、万が一の災害やトラブルがあっても「必ず快適な日常に戻す」ことが使命です。パートナーとの共鳴と協奏のエコシステムを作り上げ、新たな価値を創り出していく。そんな未来を楽しみにしています。


