Diamond Visionary logo

5/6()

2026

SHARE

    商売の現場で磨かれた「眼」と、苦笑いの英語奮闘記

    商売の現場で磨かれた「眼」と、苦笑いの英語奮闘記

     実家の店先では、商売のワザ以上に「人を見る眼」を養う機会が多くありました。店先に座る母の肩を叩いて過ごしていた幼い頃のことです。母は、どんなに酔っている客や気難しい客が来ても、決して嫌な顔をしませんでした。しかし客が帰ったあと、ふとした瞬間にこんな教えを授けてくれたものです。

     「商品を褒めるお客はあまり買わないけど、貶すお客は意外と買う可能性が高いのよ」

     商品を真剣に検討しているからこそ、良い点だけでなく悪い点も確かめる。そんな母の観察眼から生まれた言葉でした。相手を決めつけるのではなく、「こういう傾向があるから覚えておきなさい」という、経験に裏打ちされた助言。何十年も商売を続け、毎日百人以上のお客さまと接してきた母には、表情やしぐさから相手の本質を読み取る直感があったのでしょう。そうした“処世の知恵”は、私がビジネスの場で言葉の裏にある真意を感じ取るときの、生きた教科書になりました。

     一方で、今の立場から幼い自分に一つだけ苦言を呈するとしたら、迷わずこう言いたいのです。「もっと真面目に英語を勉強しておけ」と。

     実は私の父は、かなり早い時期から「これからは英語が大事だ」と見抜いていました。小学校5年生の時には、近所の元英語教師だという噂の男性を家庭教師に付けてくれたほどです。ところが、その先生の発音やアクセントが、後になって思えばかなり独特なものでした。それが一つのトラウマになったのか、あるいは単に才能がなかったのか、英語だけはどうしても好きになれなかったのです。

     当時、父は私の勉強のために、ソニーの高価なオープンリール式テープレコーダーまで買ってくれました。60年以上前の3万円台は、決して小さな金額ではなかったはずです。ところが私は英語の通信講座を録音する代わりに、音楽ばかりを録音して楽しんでいました。

     社会人になってからも、英語に対する「憧れと挫折」は続きました。新入社員の頃、勢いで20万円もするカセットテープ付きの豪華な英語教材を買ったのですが、大きな本箱を眺めただけで満足してしまい、イソップ童話を聞くことはありませんでした。当時はクーリングオフ制度もなく、高い授業料を払っただけで終わりました。

     そして社長となり、IRの場などで海外投資家などと対面するようになると、その場は「横文字」と「英語」の嵐。海外に出れば、相手は当然のように英語で話しかけてきます。私は数年間、通訳を盾に半身で対応するしかなく、それが大きなストレスでした。今では割り切って同時通訳機に頼り、「英語は苦手」というレッテルも受け入れていますが、父の期待に応えられなかったという後悔は、今でも胸の奥に残っています。

     商売の知恵は現場で母から学び、未来への視座は父から示されていた。親が与えてくれた数々の機会のなかで、今の私をつくっているもの、そして今もなお苦労しているもの。そのすべてが、愛おしい私の原風景なのです。

    #野本弘文#東急#東急電鉄#東急不動産#東急グループ#まちづくり#逆転の経営#現場主義#リーダーシップ#創業の精神#3つの日本一#ひとつの東急

    あわせて読みたい

    記事サムネイル

    「完成させず、アップデートし続ける」――三谷産業...

    記事サムネイル

    「企業は人なり」の原点。全体最適の視点とチャレン...

    記事サムネイル

    「感性×AI」で解き明かす“バズる”の方程式。V...

    記事サムネイル

    ブラジルで見た不条理を原点に、日本のコーヒーイン...

    記事サムネイル

    「いつも新しくオモロイ老舗の挑戦」――創業139...

    Diamond AI trial

    ピックアップ

    Diamond AI
    Diamond AI