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ウォークマンの宣伝で仕掛けたブランド創りの哲学
植山 周一郎 2025/12/09
少し話は遡りますが、ソニー時代、37歳で宣伝制作部の次長となった時に携わったプロジェクトの一つに、ウォークマンのブランディングがあります。私がイギリスから帰国した1979年末、ウォークマンはすでに発売されており、名前も決まっていました。そして、当時のウォークマンのプロジェクトチームの座長は、なんと創業者である盛田昭夫会長ご自身だったのです。
そのため、盛田さんはしょっちゅう「おい、しゅう。ちょっと来い」と私を呼びつけました。彼の部屋で二人きりで、広告のアイデアを相談するのです。そんなある時、会長が「しゅう、今度な、新聞広告にウォークマンの部品を全部バーッと載せてみよう」と言い出しました。「これだけの部品で、このウォークマンはできているんだ。中身を全部見せよう」と。モーターからトランジスタ、ダイオード、抵抗まで、すべての部品を紙面にざーっと並べるわけです。私は「これはソニーらしくていいですね」と即座に実行に移し、朝日新聞と日経新聞の全15段を買い取って、その広告を制作しました。
また、大賀さんも広告が好きで、ユニークなアイデアをくれました。当時の大賀さんは社長だったと思いますが、「おい、しゅう、うちにチャウチャウが2匹いるんだ。そのうちの1匹をお前に貸してやるから、これを使ってウォークマンのコマーシャルを作ってくれ」と言うのです。「素晴らしい!」と私はすぐに調子よく反応しました。調子のいい私は、「いやあ大賀さん、それは最高のアイデアですね」と持ち上げ、すぐに制作に取りかかりました。
アメリカ人の可愛い金髪の少年を見つけ、彼とチャウチャウがヘッドフォンで同じウォークマンから音楽を聴いている、心温まるコマーシャルを作ったところ、これが大変評判になりました。大賀さんがいたく喜んでくれたのは、言うまでもありません。
さらに別の日、今度は盛田さんに会うと、「お前の作ったチャウチャウのコマーシャル、評判がいいみたいだな」と言われ、「おかげさまでうまくいっています」と答えました。すると盛田さんは、「ところでな、うちの娘の直子が面白いハンドシグナルを考えたんだよ」と言うのです。それが「Let's Walkman」。歩く(Walk)の「W」と、マン(man)の「M」を組み合わせたハンドサインでした。「はあ、さすが直子ちゃんは頭がいいですね」と、私はまた笑顔で、「ぜひこれはコマーシャルに生かしたいですね」と返しました。私はすぐに外国人を3、4人雇い、そのハンドサインを使いながら「Let's Walkman, Let's Walkman」と歌うコマーシャルを作って流しました。調子のいい、ゴマすり宣伝部長だったわけです。
しかし、私が調子良く振る舞う裏側には、ソニーの確固たる宣伝哲学がありました。盛田さんと大賀さんは、常々私にこう言っていました。「おい、しゅう、ソニーの宣伝の哲学は3つのハイ(High)で行け」と。
それは、以前にも述べたHigh Quality(ハイクオリティ)、High Price(ハイプライス)、High Image(ハイイメージ)の3つです。
イギリス時代にポンド安で値上げを強いられた経験から、私はこの哲学を痛いほど理解していました。だからこそ、宣伝のクリエイティブなメッセージ、媒体の選択、そのすべてにおいて、高くても良いものを使うようにしたのです。
それはベンツやBMWといった高級ブランドと共通するアプローチです。「安かろう悪かろう」は他のメーカーに任せればいい。ソニーはそれを完全に無視し、唯我独尊の境地で「3つのハイ」を貫いた。この哲学こそが、ウォークマンやトリニトロンを世界的なブランドへと押し上げたのです。


