「100人全員の強みを書き出す」──15年で常務...
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「この会社で挑戦して良かった」と言えるか? 森永乳業・人事部長が語る “人と組織”の抜本改革とは
ビジョナリー編集部 2026/10/09
人事は制度だけを運用する部門ではない
「人事というと、採用や異動、評価制度を担当する部門というイメージを持たれるかもしれません。しかし私は、人事の本質はそこにはないと思っています」
森永乳業の人事部長・小泉氏はこう語る。役職の上昇とともに人財育成を自らの本質的な業務として向き合ってきた同氏にとって、研究部門から人事へと異動した際もマネジメントの延長線として捉えられ、違和感は少なかったという。だが、求められる視野は大きく変わった。従来の「1対1の上司部下関係」から、「採用」や「定着」、そして「全社における人財の育成」といった、より大所高所からのアプローチが必要不可欠になったのである。
現在、同社の中期経営計画では「成長戦略」「構造改革」「組織風土改革」の3つが柱として掲げられている。その中で人事が担う使命は、経営戦略を“人と組織”の観点から具現化することにほかならない。どれほど綿密かつ優れた戦略を描いたとしても、それを実際に現場で動かすのは社員一人ひとりである。だからこそ、人財の専門性を磨き上げ、多様なバックグラウンドを持つ社員が活躍できる土台を整え、果敢な挑戦が次々と生まれる組織文化を育むことが急務なのだ。
「制度はもちろん大切です。しかし制度そのものが人を育てるわけではありません。本当に重要なのは、社員が『やってみたい』『挑戦したい』と思える環境をつくること。私たちも試行錯誤を繰り返しています」
単に制度を整備・運用するのではなく、社員が秘める無限の可能性を解き放つこと。それこそが、人事という部門が果たすべき真の使命だと同氏は捉えている。
求めるのは「誠実さ」という価値観を土台として、新たな分野へと挑戦し続ける人財
激動の現代において、森永乳業はどのような人財を求めているのだろうか。小泉氏は即座にこう切り出す。
「常に、自らをアップデートし続け、成長していこうとする人です」
食品業界は現在、かつてないほどの激震に見舞われている。消費者ニーズの多様化やグローバル展開の加速、環境課題への適応、さらにはAIをはじめとするデジタルテクノロジーの進化など、取り巻く環境は目まぐるしい。これまでの成功体験の延長線上では、もはや太刀打ちできない局面を迎えているのだ。だからこそ、自身の専門性を高めるにとどまらず、既存の枠組みを飛び越えて能動的に学び続ける強い姿勢が欠かせないという。
一方で、現状の組織課題として浮き彫りになっているのが、変革のスピード感と多様性(ダイバーシティ)の受容である。多角的な挑戦を重ねているものの、改革の歩みはさらに加速させる必要があると同氏は危機感をにじませる。また、求職者側から「食品業界」という従来の枠組みだけで選ばれがちな現状に対し、「本来であれば社内に前例の少ないバックグラウンドを持つ異分野の人財にこそ、積極的に飛び込んできてほしい」 と期待を寄せる。
しかし、激動の時代にあっても、決して揺らいではならない原点が存在する。それは、同社が創業以来脈々と受け継いできた「誠実さ」という価値観だ。
「どれだけ時代が変わっても、人を思いやる姿勢や誠実さは当社の根幹です。その価値観を土台にしながら、新しいことに挑戦できる人と一緒に未来をつくっていきたいと思っています」
採用で見ているのは「過去」より「未来」
採用の現場において同社が熱い視線を注ぐのは、過去の華々しい成果そのものではない。直面した経験から何を吸収し、未来に向けてどのように飛躍していけるかというプロセスだ。小泉氏が常に見定めているのは、その人の「未来」なのである。
「私たちは完成された人財を求めているわけではありません。むしろ、これからどのように成長したいのか、自分自身をどのように高めていきたいのかを重視しています」
小泉氏自身、就職活動の中で出会った同社の社員が放つ「温かみ」や「誠実さ」に強く惹かれ、入社を決断した過去を持つ。実際、現在においても内定者に決め手を尋ねると「人です」と口を揃える学生が多い。それゆえ、選考を担う現場社員や人事メンバーに対しては「飾らず、ありのままの普段通りに接してください」と徹底している。企業側が取り繕ってしまえば、結果として入社後のミスマッチを招くことになりかねないからだ。
また、現在同社が展開するコース別採用において、最も多くの人員を必要としているのが「生産技術系コース(工場の製造配属)」だ。一見すると高度な専門性が最初から求められる職種のようにも映るが、着実に生産のプロフェッショナルへと育成する環境が整備されている。製造ラインを管理・運用するだけでなく、「現場からどう生産効率を上げるか」という現場発信の工程改善や改革の声を主体的に上げられる人財へと引き上げていく方針だ。採用までの過程においても、年齢の近い若手社員との対話を通じて現場ならではのやりがいや醍醐味をダイレクトに伝えているという。
森永乳業には、腰を据えて長く働き続ける社員が非常に多い。だからこそ、採用とは目先の能力を測る短期的な試験ではなく、長期的な成長ポテンシャルをじっくりと見極める場であるべきなのだ。同時に、企業が候補者を一方的に選別する場でもなく、双方が根底にある価値観をすり合わせる場でもある。
「健康や栄養を通じて社会に貢献したい。その思いに共感してくださる方と一緒に働きたいと思っています」
商品ブランドだけでは選ばれない時代へ
激化の一途をたどる採用市場。かつてのように、圧倒的な商品ブランドの認知度だけで優秀な人財を惹きつけられた時代は過去のものとなった。
「商品が好きだからという理由だけで会社を選ぶ時代ではなくなっています」
小泉氏がこう語るように、いま問われているのは企業のありのままの姿や存在意義をいかに誠実に伝えられるかだ。現場ではどのような社員が息づいているのか。そこにはどのような自己成長のチャンスが広がっているのか。そして、事業を通じて社会へいかなる価値を還元しているのか。小泉氏は、これからの採用広報において企業文化そのものが他社との決定的な差別化を生む競争力になると確信している。
「健康や栄養という社会課題に向き合い、人々のウェルビーイングに貢献できる。そこに仕事の意義を感じられることが、森永乳業ならではの魅力だと思います」
人的資本経営の本質は「人を信じること」
昨今、ビジネス界の大きな潮流となっている人的資本経営。だが、小泉氏が捉えるその本質は至って明快だ。
「人をコストではなく、企業価値を生み出す最も重要な資本として考えることだと思っています」
その具現化には、単なる採用活動の強化だけでは到底及ばない。育成から適正な配置、挑戦機会の付与、そしてエンゲージメントの向上に至るまで、一本の強固なストーリーとして有機的につなぎ合わせる必要があるのだ。
その具体的な施策の一環として、同社人事部は最近、社員向けの「社内ポータルサイト」を新設した。従来は社内の各所に散在していた人事関連の情報を集約し、経営や人事からのメッセージ、各種制度の意図、人財戦略ストーリーなどをわかりやすく一元化して届ける試みを開始している。
ただし、小泉氏はデータ活用を推進する一方で、データのみで人間を推し量る危うさについても警鐘を鳴らす。
「数字は重要です。しかし人の可能性や想いまで数値で測ることはできません。一人ひとりの個性や強みを理解し、その人らしい成長を支援することが人事には求められていると思います」
AI時代だからこそ、人にしかできない力が価値になる
生成AIをはじめとする急激な技術革新は、企業の採用や人財育成のあり方にも地殻変動をもたらしている。
「AIによって効率化される仕事は今後さらに増えるでしょう。一方で、エントリーシートを見ているとAIを使って書かれた、似たような内容が増えており、人事としてその『対策』をどう見抜くかが課題になっています。」
定型的な業務がAIに代替される時代だからこそ、人間ならではの泥臭い思考力や人間力がより一層の輝きを放つ。いかに高度なテクノロジーが台頭しようとも、最後の局面で意思決定を下し、生身の相手と向き合うのは人間自身であるからだ。そのため実際の選考でも、マニュアル化された想定問答にはない問いをあえて投げかけることで「自ら考える力」の深さや、身の回りの課題に対してどのように仮説検証を繰り返したかというPDCA(学びと行動のプロセス)を厳しく見極めている。
「AIは人に代わる存在ではなく、人の可能性を広げるパートナーです。人事としてもAI活用を進めながら、人ならではの力を育てていきたいと思っています」
若手社員には、失敗に臆することなく前へ踏み出してほしい。小泉氏が次世代を担う社員へと贈る言葉はシンプルでありながら力強い。「遠慮せず、挑戦してほしい」という一言だ。未知の領域への挑戦に失敗はつきものである。しかし、失敗を恐れて立ち止まることこそが、企業にとって最大の損失にほかならない。
「私たち人事の役割は、『挑戦してください』と言うことではありません。失敗しても学びに変えられる環境や、安心してチャレンジできる職場をつくることです」
挑戦を温かく称え、背中を押し続ける文化の醸成。それこそが、同社が推進する組織風土改革の核心部分なのだ。

管理職に求められるのは「育てる力」
組織が変革を遂げるにあたり、現場を率いるマネジメント層の役割も根本的な転換期を迎えている。「管理職は、管理する人ではなく育てる人だと思っています」と小泉氏は強調する。
かつてのように、上司が絶対的な正解を握り、トップダウンで指示を飛ばす時代は終焉を迎えた。激変するビジネス環境下では、一人のリーダーがすべての解を持ち合わせるなど不可能だからだ。いま真に求められているのは、対話を通じて部下一人ひとりの潜在的な強みを掘り起こす伴走力である。
「部下の可能性を信じ、挑戦を後押しすること。多様な人財が力を発揮できるチームをつくること。それがこれからの管理職に求められる役割です」
エンゲージメントは日常から生まれる
「エンゲージメントは日々の業務や共に働く仲間との関係性の中から生まれます」
小泉氏が指摘するように、社員の熱意や帰属意識は、自らの仕事の意義を実感でき、確かな成長を感じられ、挑戦が正当に認められ、そして周囲から信頼されているという確信が持てる日々の積み重ねによってのみ育まれる。
とりわけ重要な鍵を握るのが、直属の上司との濃密な対話だ。どれほど壮麗な人事制度を導入しても、それ単体で組織風土が刷新されるわけではない。日常の泥臭いコミュニケーションの集積こそが、血の通った組織風土を形成していくのである。
「この会社で挑戦して良かった」と思える組織へ
森永乳業の5年後、10年後の未来図について、小泉氏は揺るぎない眼差しで語った。
「社員一人ひとりが、『この会社で挑戦して良かった』と心から思える会社にしたいと思っています」
森永乳業には、1世紀以上にわたって培われてきた確かな技術力と盤石なブランド基盤がある。しかし、企業の命運を握る最大の資産は紛れもなく「人」だ。社員一人ひとりが自分らしくその才能を解き放ち、果敢に挑戦を続ける。その前進が、顧客の健やかな笑顔を生み、ひいては社会全体のウェルビーイングの向上へと直結していく。同社が目指すのは、そうした力強い好循環の創出である。
「人事として、その挑戦を支え続ける存在でありたいと思います」
制度の導入ではなく、人の想いに火をつけること。上からの管理ではなく、自発的な挑戦を後押しすること。そして、個々人が生き生きと輝くことで、企業もまた新たな成長軌道を描き出す。森永乳業が推し進める組織風土改革の本質は、まさにこの一点に集約されている。


