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「何のために生きるのか」 ——講演で語る人生の目的論と、壁を越える第二の夢
木村 清 2026/09/21
全国のさまざまなところからお声がけをいただき、私は月2回を上限に全国各地の企業や経営者のもとへ赴き、中小企業や若き経営者たちへ講演をしています。各地でビジネスマンや経営者の方々と向き合う時間は、私にとっても有難い学びの場となっています。
講演の壇上で、そして自社の入社式で若者たちを迎える際、私が必ず投げかけるひとつの問いがあります。
「貴方は、何のために生きるのですか。何のために働くのですか」
このことについては、後に詳しく述べさせていただきますが、現代の社会や教育現場では、この最も根本的で重要な問いを教えてくれないことが少なくありません。彼らに聞くと、「昇進するため」「給料を少しでも多くもらうため」「家族を養うため」といった答えが返ってきます。
しかし、私はそこで一歩踏み込んで問いかけます。「では、昇進した先に何があるのでしょうか? その給料を使って、貴方は人生で何を成し遂げたいのですか」と。
会社での昇進や評価、あるいは目先のお金を稼ぐことなどは、人生における単なる「通過点」に過ぎません。その先にある「自分の生き様」や「人を喜ばせ、世の中にどう貢献するか」という本当の目的が見えていなければ、途中で方向を見失い、壁にぶつかった時に脆(もろ)く崩れ去ってしまいます。
私は「すしざんまい」という場所が、働く社員たちの将来の夢への通過点であったとしても構わないという考えをもっています。ただ金儲けのためだけに働く1年や2年は無駄になってしまいますが、「人を喜ばせ、誰かの役に立つために一生懸命働く」という目的意識を持っていれば、それはその人の人生にとって揺るぎない財産となるのです。
自分自身に対して「なぜ? 何のために?」という問いを5回繰り返し、深く掘り下げて目標を定めること。この「目的の軸」が定まって初めて、人間の行動や努力には本物の力が宿るのです。
ある時、九州で講演を行った際、講義を聞く態度が乱れ、居眠りをしたり下を向いたりしている姿がありました。私は講演の冒頭、甘やかすことなく愛をもって苦言を呈しました。
「社会人である前に、まず人間としての基本的な礼儀を身につけなさい。人の話を聞く時に相手の目も見られないような人間が、どこへ行っても通用するはずがありません」。
場は静まり返り、後で参加者たちから深く感謝されましたが、耳の痛い苦言であっても、彼らの未来を思えばこそ、言わなければならない時があります。人としての基本を教え、どう変わっていくかを見守ることこそが、大人としての責任だからです。
私自身、若き日に「目的」を見失いかけ、どん底の闇を彷徨(さまよ)った経験があります。
15歳で航空自衛隊に入隊し、1日1,000回の腕立て伏せや猛訓練に耐え、大検に合格してようやくつかみかけた「戦闘機パイロット」の夢。それが訓練中の事故による眼球の「調節力低下」によって一瞬にして断念せざるを得なくなった時、私の未来はお先真っ暗になりました。「これからどう生きていけばいいのか」と自暴自棄になり、酒に溺れて荒れた日々が3日ほど続いたのです。
そんな絶望のどん底にいた私を救ってくれたのは、自衛隊の先輩の強い一言でした。
「酒を飲んでぐれていても、何ひとつ解決しないぞ。ひとつの夢が敗れたなら、今すぐ『第二の夢』を作ればいいじゃないか。今できることを精一杯やれ!」
その言葉で酔いが一気に冷めました。「そうだ、パイロットになれないなら、もっとも難関と言われている司法試験にチャレンジして裁判官や弁護士になって社会に貢献しよう!」と即座に気持ちを切り替え、中央大学の通信課程で司法試験への猛勉強を開始したのです。
事業を営む中でも、人生の歩みの中でも、壁や不条理にぶつかることは避けて通れません。100%思い通りにいくことなどあり得ないのです。だからこそ、壁にぶつかった時には立ち止まるのではなく、直面している課題を紙にすべて書き出し、解決できることからひとつずつ泥臭く潰していきます。
食を通じて世界に笑顔と平和を届けるという私の原点も、幼少期に母と分け合った二切れのマグロの記憶から始まっています。「何のために」という情熱の灯を胸に点(とも)し、挫折を恐れず「第二の夢」「第三の夢」へと挑戦し続ける姿勢を、これからも伝え続けていきます。


